第69話

人よ謳え、祀るその名を①

コンは一度考え込むように瞼を閉じて…真剣な面持ちで、俺と正面から見つめ合うのだった。


「此処は、『神隔世』でも現世でも無いようじゃ」


どれだけ離れようと時間が経とうと。


俺のことを見ている、そう教えてくれるみたいに。


「……何となく。俺も分かったよ」


コンの金色の瞳を見つめ返しながら頷く。


さっき雅の様子がおかしくなったと共に空にも異変が現れた。


そして今はまた元に戻っている、それを加味すると答えはひとつ。


「雅の。それが、此処の正体だ」

「うむ、そうと見て間違いないじゃろう」


こくりとコンも腕を組んで頷きを返してくる。


そう考えれば『門』を開けないのも頷けるしね。


流石に、心の中と他の世界をポンと繋げるのは神様コンでも難しいということだ。


「……」


雅の顔色は多少落ち着いたように見えるけれど、まだ目覚めないことに対して今度は此方が落ち着かない。


ふと視線を下に動かす。


……上下する胸元は健康的な証で「紳人?」

「違うんですぅ!!」


無事を確かめ、不意に考えごとをしようとした瞬間コンの暗黒微笑と共にもふもふの尻尾が頭に巻き付けられた。


今、臨死体験するとどうなってしまうか分からない。


何だか最近迂闊に臨死体験出来ないな…することがおかしいんだけどさ?


「とりあえず、今は堪えてやる」

「ホッ」

「じゃが出たら覚えておれ?元より刻んでやるつもりじゃったが…より深く刻みつけてやるからの」

「何をですかね!?」

「勿論わしからの愛じゃよ♡」

「……お、お手柔らかに」


コンがそっと立ち上がると俺の隣にしゃがみ込み、俺の肩に可愛らしい頭を乗せる。


するとぽふっと柔らかなコンの耳が俺の頬に当てられた。


「ん〜」


ぽふぽふぽふぽふ!


「あぁぁぁ……」


その柔らかさと温もり、そしてコンの仄かな花の匂いに心から癒される。


至高の感触…愛おしい!一生こうしていてほしい!コン愛してる!


「ふふふ、ずっと一緒じゃぞ…」

「もふ…もふ…ってハッ!?今呑まれたらまずい!」

「ちぃ!かかりが浅かったか!」


さりげなく恐ろしいことをしようとしていたコンの頭を撫でて宥めると、一瞬口惜しそうにするもののすぐに嬉しそうに尾を揺らすと体を僅かに離した。


「とりあえず、雅が目を覚ますまでどうしよう」

「ううむ。此奴が目を覚まさぬことには話も…む?」

「ん?」


コンが雅を覗き込んで訝しげな声を漏らしたので、一拍遅れて雅を見る。


「……」

「いつの間にか起きてるぅ!?」


黄玉石の瞳をパチリと開き雅は俺の腕の中で思い切り起きていた。


「人間、確保」

「何と?」

「貴方無しでは、生きていけない」

「何ですとぉ!?」


そして間も無く、俺の首に腕を回すとしがみつくように抱き締められてしまう。


シャラン…耳元で響く鈴の音色は澄んだみたいで心地良い。


「これ!紳人はわしの旦那様じゃと先程言うたろうが!」

「でも、必要なのは本当だもの」


反対側からコンも抱きしめてきてもう何度目か分からない板挟みに陥った。


白無垢のような着物のせいで分かりづらかったけれど、胸板に当たるその胸のサイズはコンよりも少し大きい。


……下手に何か言ったら、また選択を迫られそうだから大人しくしていよう。沈黙は金なり。


「紳人!お主からも何か言うてやるのじゃ!」


どうやら俺の沈黙は金メッキみたいだ。


「ええと…」


コンに至近距離から覗き込まれながら、何と答えるか必死に頭を悩ませるのだった。

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