鈴が鳴る、祭りが始まる④
数多の階段を登り終えた先、それは大きな鳥居とその奥にある見たこともないほど広々とした境内だった。
「は、っぁ…はぁっ…!」
「よしよし。よく頑張ったのう」
足がガクガクと震える、呼吸が激しくてお腹が痛い。額にまで汗が滲む。
制服のボタンを外して膝に手を乗せて肩で息をする俺の汗を、ポケットから取り出したハンカチでコンが拭ってくれた。
俺が息も絶え絶えなのに対してコンは汗を流すどころか微塵も呼吸は乱れていない。
「紳人、お疲れ様」
「あ、ありがとう…」
勿論、この雅な少女も。
「折角登った、けれど。もう少し…空が綺麗だったらな」
後ろを振り返って思わず苦笑いが溢れる。
本来であれば綺麗な景色が広がっているはずの『神隔世』なのに、見下ろした景色に映るのは紫色の空と霧に覆われた街並みの不気味なものだ。
これでは登った甲斐も感じられない。コンと少女の労りがなければ、徒労だと思ったよ…。
「ふぅ、やっと落ち着いた。ありがとう」
「お安い御用じゃ」
「…そうだ!ねぇ、雅」
「…雅?もしかして、ワタシ?」
「うん」
ずっと背中を撫でてくれていたコンにお礼を言ってから、隣の少女を呼ぶ。
薄黄色の瞳を丸くしながら、自身の顔を指さして小首を傾げた。
その際シャランと髪留めの鈴が鳴るけど、此処の雰囲気も相まってとても幻想的に感じる。
「ずっと名前が無いというのも寂しいでしょ?だから、君が本当の名前を思い出すまで。どうかな」
「雅、ワタシは雅」
「良い名前じゃと思うが。紳人、お主は名付けるのが好きじゃのぅ?」
「そうかな…そうかもしれないね」
口の中で反芻する少女改め雅の傍ら、コンに覗き込まれながら揶揄われた。
それに関しては若干思い当たる節もあるので、恥ずかしいけれど認めざるを得ない。
「うん」
「「?」」
「とても、良い名前」
金色の流麗な髪を揺らし、初めて微かに雅が微笑みを見せる。
コンと顔を見合わせて微笑みを交わすと、俺は雅に目の前の境内の景色を両腕を伸ばして示した。
「それじゃあ雅。この景色に見覚えはないかい?」
境内をじーっと眺めて立ち尽くす一神の少女。
その瞳はまるで…此処と似た何処かを映しているようで。
「う、」
「雅?」
でも、それが見てはいけないものだったかのように固く両目を瞑り。
「あ…ぁあ」
「様子が変じゃぞ!」
頭を抱え、その場で振り乱し始めた!
「頭が…痛いよ…っ!」
「紳人!」
「了解!」
先程までは安定して浮いていた彼女が小さく揺れ動き不安定になっている。
素早くコンと両側から支え、鳥居に背を預けさせるとハンカチを敷いてその上に雅を座らせた。
「雅、大丈夫!?」
「しっかりせい!一体どうしたのじゃ…!」
「怖い…寂しい…」
「っ!」
空が不規則に明滅し、色を失う。
その世界の異常とも呼ぶべき事象は雅に共鳴しているようにも思える。
いや、今はそんな場合じゃない!何とか雅を落ち着けなければ…!
「皆、ワタシはっ」
悲しい気持ちのままになんて、1秒でもさせたくない!
先程まで澄んで聞こえた鈴の音色が、今はけたたましいサイレンのように聞こえて…焦る心を抑えながらコンと共に身を寄せ合った。
「雅、雅!君は雅で、此処には俺とコンも居る!」
「紳、人。コン…」
「その通りじゃ。何も怖れる必要はない、お前様は独りではない」
「ワタシ…此処に居る?」
「「あぁ。此処に居るよ」」
俺とコンの心と言葉が重なる。
「雅!」
「大丈夫じゃよ紳人。此処にこうして居るということは、消滅しておらん」
「つまり、気を失っただけってことだね?良かった…」
倒れないようしっかりと柱へもたれかけさせると、俺たちは揃って深い溜め息を漏らす。
それが可笑しくてくすくすと静かに笑い、どちらからともなく空を見上げた。
その色は、またしても紫。
「紳人…わしは先程此処を『神隔世』と言うたが」
「うん」
「訂正せねばならぬ」
コンは一度考え込むように瞼を閉じて…真剣な面持ちで、俺と正面から見つめ合うのだった。
「此処は、『神隔世』でも現世でも無いようじゃ」
どれだけ離れようと時間が経とうと。
俺のことを見ている、そう教えてくれるみたいに。
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