微睡みは、時の狭間で④

「ところでウカミ」

「はい何でしょう、旦那様」

「夢見てらっしゃいます?」

「冗談です♪この景色が気になるんですよね」

「そうそう」


俺はコンやウカミと一緒に穏やかなそよ風の中で辺りを見回す。


夢の中の俺の家から出たそこは、この世のものとは思えない光景だった。


夢の中だから現実ではないけれども。いつの間にか出たはずの玄関も消えているし。


「これはですね…今回学校の皆さんを眠らせた方の神域、アマ様の天岩戸やツクヨミ様の八百重と同じものです」

「ふむ。これほどの規模となると、恐らく其奴は現実に姿を見せられないのを代償に人々を眠りへと誘えるようじゃな。そうであるなら、向こうで存在を感知できなかったのも頷けよう」

「なるほど。そういう力を持った神様、というわけだね」


眼前に広がる光景。それは…ともすれば、『神隔世』のように美しいものだった。


空は幻想的な桃色で流れる雲は白くたなびいているが形は竜のように流麗。


建物は趣深い日本家屋が立ち並び、街灯のように立ち並ぶ提灯や灯籠は雰囲気に合っていてより幻想的に映えている。


けれどそれらは、感動とか興奮とか心を激しく揺さぶるものじゃなくて。


寧ろ…そう。


「心が落ち着く」


夢のような光景だ。


「それはきっと、彼がそうあれと願って眠りへ誘ったからなのでしょう」

「彼?」

「紳人。向こうからじゃ」


赤い瞳を細めそよ風に白銀の髪と尾を揺らすウカミ。


その視線の先をコンが指差すので目線で追えば、そこからは石畳の道を歩く青年の姿が。


堂々たる振る舞いから、俺は直感する。


あぁ、彼こそがこんな美しい場所の主なのだと。


「おはよう…というべきかな?自分はムハク、夢の世界から現世を見守る神様だ。現実には、居ないんだけどね」


青髪と透き通るような瑠璃色の瞳を持つ神様は、何だか掴みどころのない雰囲気の持ち主だった。


「おはよう御座います、初めまして。自分は…」

「神守紳人、だろ。知っているよ、此処から見ていたから。ただまさか此処に入ってくるとは思わなかったけど」

「失礼、でしたか?」

「いやいや!此処までよく来たね、彼女たちのお陰かな」


いきなり足を踏み入れたのは迷惑だったか。


心配になる俺とは裏腹に、両手を振って笑って見せるムハク。


「うむ!わしは紳人の守護神で、深い絆で結ばれておるからの。いつでも此奴とは一緒じゃ」

「私も紳人のお姉さん兼二人の保護者なので♪」

「ははは。君は本当に凄いね、あの場で眠らなかったのも君たちだけだったし」

「そうだ!それについて聞きたかったんです。どうして、突然皆を眠らせたんですか?」


むふ〜と胸を張って耳と尻尾を伸ばすコンと、頰に手を当てて微笑みお淑やかに耳尾を揺らすウカミ。


二神を見てムハクが灯籠の灯りのように柔らかく微笑む。


その言葉でふと思い出した俺は、ずっと気になっていることを訊ねてみた。


「あれかい?あれは…純粋に皆眠たそうにしていたし、疲れてる人間も居たから休ませてあげようと思って眠らせたのさ。ついでに、良い夢もおまけで」

「確かに朝一番。俺とコンも眠かったし、頷ける話です」

「可愛らしい欠伸もしておったからなぁ?」

「は、恥ずかしいな…」


ニヤリと下から揶揄うコンに俺が言葉を詰まらせると、束の間その場が笑顔に包まれた。


遅れて俺も笑い出しひとしきり笑い終えれば、眠る側の人間としての言葉も伝えておこうと俺は口を開く。


「とはいえ、いきなり眠るのも目覚めた時に変な気分がします。生活リズムとかもありますからね、あと授業もあるので出来ればお昼休みに!」

「む。自分はてっきり、人間は仕事や授業など寝て適当に終わらせたいものだとばかり」

「まぁそれも間違いではありませんが。それに、俺が見える人間でなければ今回の出来事も知ることはなかった訳ですし」


お疲れのようだからと眠らされ更に良い夢まで見せてもらった。


神様の力が働いていたと知らなければ、ただ1時間ほど良い眠りをさせてもらっただけなのだから。


「じゃが、人には人の生活というものもある。意外とやることが多いのじゃぞ?わしらよりも余程忙しそうに思える」

「日中はお仕事もありますから…夜眠れない人たちを快眠させてあげるのも良いかと!」


コンとウカミが大社高校に身を置く立場としての言葉が、ムハクへと贈られる。


「あの学校で過ごす君たちの言葉なら、素直に聞いた方が良さそうだ。今後は時間帯も気にしてみよう」

「ありがとうございます、ムハクさん」

「いいよいいよ。此方こそありがとう、話せて良かったよ。つぎまた見かけた時は…良い夢、見せてあげるね」


それを疎むどころか快く聞き受けてくれたムハクは…フリフリと手を振って、何処かへとまた歩き去っていった。


「何だか変な感覚だなぁ…騒動に感じるのは、俺たちだけだなんて」

「紳人も神と同じ目線になったのかもしれんぞ?」

「お仲間ですね♪」

「俺か神様になるとしたら、何の神様かな〜」


徐々に夢から覚めていく浮ついた感覚の中で、俺はそんな軽口を交わし合う。


そして、夢の中のコンへ内心でもう一度別れを告げて。


俺たち三人は……現実へと戻っていくのだった。


〜〜〜〜〜


「しっかし、変な話だよな〜。学校の皆が揃って1時間眠っちまうなんて」

「僕…昨日、ちゃんと寝たのに…」


やがて皆が目覚めた時、既に一時限目終了のチャイムは鳴っていた。


結局一時限目は丸々自習だったことになり、二時限目からは普段通り再開した。


その二時限目の休み時間。自分の席でうんうんと唸る悟と明を見て、俺とコンは笑みを浮かべる。


「ねね、二人とも。これってやっぱり…?」

「ふふっ。未子の想像通りじゃよ」


そんな時、未子さんがヒソヒソとコンに耳打ちで話しかけてきた。


コンも返すように小さく囁くと未子さんはキラキラと目を輝かせる。


彼女はコンが神様であることや神様のことを知っているからね、隠す必要はない。


「それこそ…夢だったんじゃない?なんてことはね」

「紳人、くん…?」

「ううん。何でもないよ、明」


夢のような現実、現実のような夢。寝ても覚めても色々とある俺ではあるけれど。


まぁ、それもまた俺だけしか見られない景色ということで楽しんでいくとしよう。


窓から吹くそよ風は…どちらであろうと変わらずに、心地良いのだから。

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