海の空、束の間の雫④

「それじゃあ改めて。何で俺を攫ったの?」


コンの出した鎖によりぐるぐる巻きとなって正座させられたツクヨミに、正面から俺も正座で向き合いながら問いかける。


「……」


彼女たちの横にはニコニコ笑顔のウカミとムスッとした顔で腰に手を当てるコンが立っているので、少しでも変な動きを見せたら石抱きは免れない。


逃げられないと悟ってくれたらしく、小さくヨミが息を吸い込むのが聞こえたのでその発言を聞き漏らさないように意識を集中させる。


すると、月に照らされたように薄い金髪を揺らし黒い瞳をパチリと開閉させてから彼女はこう語り出した。


「あれは今から38万キロ…」

「月と地球の距離!そんな遠くから語るの!?」

「違うですよヨミ。38万光年です」

「遥か空の星がってこと…?」


全く話を進める気がない語り出しで。


俺が望んだ場合、応えてくれるのはコンとウカミだろう。


「はぐらかすでない、ツキにヨミよ。もし素直に話さなければ」

「ふっ!ボクたちを脅そうって言うのか?残念だけどどんな脅しにも屈することはない!」

「なるほど。では紳人よ」

「ん?」

「今からわしとあっついキスをするのじゃ♡」

「何でですかね!?」


青天の霹靂とは正にこの事!突然コンはどうしたのか、愛の伝道師になっちゃった!?


「というより、それは俺が喜ぶ以外の効果は」

「「ごめんなさい!!」」

「あるぇ〜?」


思いもよらぬ効果に首を傾げてびっくりしてしまう。


見る側のツクヨミも恥ずかしくなってしまうのかもしれない、それならば納得だね。


「やはり、これが原因じゃったか」

「コンも気付いていたんですね?」

「何となくじゃがの」

「これって…まさかキスが」


コンとウカミが似たように微苦笑しながらこくんと頷き呼応するようにツキとヨミはしゅんと項垂れると、観念したらしくツキの方からやがてポツリと今回の真相を話し始めた。


「ある日ボクが夜の食国に異常が無いか見回りをしていたら、その妙に声をかけられたです。『生きた人間がヨミと此処を歩いたのは本当ですか』って」

『はい、仰る通りです。恐れ多いかと思いましたがどうしても気になって…』


その言葉に妙さんも同意する。これは、真実と見て間違いないだろう。


チラリとツキの青い瞳で見られたヨミが頷くと、眉尻を下げたまま夜空のように黒い眼差しを伏せて二の句を紡いだ。


「当然、紳人のことだってすぐに分かったよ。その顔から多分話がしたいんだろうなってこともね。最初は紳人ならきっと二つ返事で来てくれると素直に話そうと思ったんだけど…そこで、魔が差しちゃった」

「そのお願いを叶えるのに便乗して、紳人を黄泉に繫ぎ留めようとしたんですね」

「うん、そういうこと」

「それで妙さんを此処へ連れてきて俺も此処に攫い、たっぷりウカミたちを巻いた後で好き放題しようとした…なるほどなぁ」


俺は、漸く事の顛末を理解する。


妙さんの望みを聞いたツクヨミは、呼び寄せた俺を『黄泉』に本格的に居座らせようとした。


だからこそ本来外からでは見つけられないはずの此処へと、あの女性…恐らくツクヨミの神使に一瞬の隙を突いて俺を攫わせたのだ。


「でも、流石に強硬手段過ぎたね」

「本当だったらボクたちでウカミの相手をして、操舵手にコンの相手をしてもらうはずだったんだよぉ!」

「その後隙を見て紳人たちを舟に回収する算段だったのに。どうして裏切ったです!?」

「……主の過ちを正して真っ当な運航をさせるのも、私の務めですから」


何処からともなく、出現と呼ぶに相応しい速さで姿を見せた操舵手さん。


黒髪を後ろで結わえた彼女は目を閉じて片膝を突いたまま、淡々と返答してみせる。


何というか、凄い厳格な神様だ…トコノメに近いものを感じるね。


「ぐぬぬ…もうちょっとだったのに」

「ま、これに懲りたら紳人に手を出すのは辞めるのじゃな。此奴はわしの旦那様じゃ!」

「私たちの、ではなく?」

「わ•し•の•じゃ!!」

「きゃっ♪怒られちゃいましたっ」


コンがツクヨミの拘束を解き自分の胸に俺を抱き寄せると、ウカミも俺を反対側から抱き締めようと両手を広げた。


でも、コンはそれを許さずもふもふの尻尾で反対側からも包み込む。


「もふ…もふ…」

「おぉよしよし、わしの愛しい紳人よ。お主の妻はわしだけじゃ…」


俺の思考は一瞬にしてコンに全てが染め上げられ、こうなっては最後自ら離れることは出来ない。


「ねぇあれ、ボクたちよりもヤバいんじゃない?」

「ボクたちのやったことが可愛く見えます」

『う〜ん、そうでしょうか』

「愛情の形は其々、ですから」


俺とコンが一つにくっつきそうなくらいピタリと寄り添う姿を、ウカミたちは静かな月と海のように見守っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る