海の空、束の間の雫③

「ふぅむ…紳人よ、お主は何処まで連れて行かれたのじゃ?」


屋根の上からポツリと声をかけてみるが、当然彼奴からの返事はない。


分かっていても寂しいものじゃな…。


「確かに此方に来たはずなのじゃが、匂いが薄いのう。あの速さではさもありなんか」


そよ風に耳や尻尾の毛が小さく揺れるのを感じながら、夜の食国の端の屋根の上で周囲を見回す。


紳人の匂いを追って此処まで来たは良いものの匂いが妙に薄まっており、追跡するのが難しい。


「このまま真っ直ぐ進んでも良い。しかし、違った場合まずいことになりかねん。『門』が開ければ何とかなったかもしれぬが…此処ではそれも出来んのう」


此処は現世と『神隔世』そのどちらでもないため、許可なく開くことは叶わぬ。


なれば、奥の手を使うしかないのじゃ!


両の手のひらを静かに持ち上げ瞼を閉じて、集中。


「!」


思い切り打ち合わせると共に、紳人を強く思い浮かべて目を見開いた。


すると、突然そよ風が止まる。


いや…そうではないな。


これはわしら神が向こう側から現世を見る時に用いる、千里眼というもの。


世界を超えて見ることが出来るゆえ、距離がどれだけ離れていようと見通すことが出来る。


「中々『黄泉』も広いのじゃな」


一度俯瞰するように眺めてからわしの向いている方向へ意識を向ければ、暫く何もない海辺のような景色が続き…その果てに。


「見つけたのじゃ!」


突然其処だけ切り取られたような空間の中、佇む紳人の姿を捉えた。


「よしよし、無事じゃな♪良かっ…む?」


千里眼を閉じて向かおうとする刹那、彼奴の傍らに見慣れぬ人間の女が立っておることに気付く。


何やら青白いので、此方の者と見て間違いない。


じゃが、そんなことはどうで良い!


「紳人。お主という奴は…!」


ちぃとばかし目を離した隙に、お主はまた!


「何故そうも簡単にわし以外の女と2人きりになるのじゃぁぁぁ!!」


千里眼を閉じるや否やわしは居ても立っても居れんくなり、全力で瓦屋根を蹴飛ばして紳人の下へと跳び出した。


〜〜〜〜〜


----……のじゃぁぁぁ……----


「!?」

『紳人くん?大丈夫、顔青いけど…』

「い、いえ。お気になさらず」


一瞬コンの声が聞こえた。気のせいでなく、しかとこの耳で。


けれどその瞬間恐ろしいほどの悪寒に襲われる。


「この感覚、いつぞやの『怨!!』を思い出すな…」

『え?恩?』

「あっいや此方の話です。ただその、それ以上は此方に来られない方が良いかと」

『貴方がそう言うなら構いませんが、どうして』

「それは」


俺の異変を案じてくれる妙さん。その優しさに感謝しつつ、事情を説明しようとした時。


空にピシッと、亀裂が走る。


「紳人ぉぉぉぉぉぉ!!!」


そして、ガラスが砕け散るような音を響かせながら大きく右足を突き出す飛び蹴りの体勢で飛び出してきたコンを見て、俺は苦笑いを溢した。


『まぁ…!』

「こういう訳でして」


間も無く落下してきたコンは膝を抱えて空中で二回転。


「ん〜〜てやっ!」


そのまま最後は手足を伸ばしたまま、厚底の靴を鳴らして見事に着地を決めた。


「10点!」

『10点!』

「満点なのじゃ♪ってそうではなぁい!こら紳人、お主また!」

「ひぃぃごめんなさいぃ!」


キャピッ⭐︎と可愛く決めポーズを取って喜ぶコン。


しかし、どうやらそれで簡単には流されてくれないようで。


イヤイヤと駄々を捏ねるように腕を振ると、そのまま尻尾をブワッと膨らませて俺にズンズンと詰め寄ってきた。


彼女が何に起こっているかは一目瞭然なので此処は素直に謝罪。


この後に待ち受けているであろうお仕置きは怖いけど、愛しのコンから逃げることの方がよっぽど怖いので両手を上げその場で降参。


「わしが来るまでに良からぬことはしておらんじゃろうなぁ?」

「当たり前だよ。俺が恋愛的に愛しているのは、コンだけだ」

「そ、そう正面から言われるともう何も言えんではないか…わしも愛しておるぞ♡」


そのまま覗き込んでくるコンの両肩に手を添えて、愛情を伝えるように微笑む。


すると、コンは顔を真っ赤にして照れ隠しに指遊びを見せ俺が息を呑むほどに素敵な笑顔を見せてくれた。


あぁ…早く結婚して、正真正銘俺の奥さんですって言いたいな。


『ふふっ♪』

「「?」」

『あぁごめんなさい、何だか昔を思い出しちゃって』

「昔とな」

「コン。彼女は妙さん、あのマノトと一緒に居た女性が彼女だよ」

「ほう!お前様がそうじゃったのか…わしはコン。れっきとした神で、今は紳人の婚約者じゃ」


金色の目を軽く広げてパタパタと尾を揺らすコン。


そんな彼女がむふ〜と自信満々に胸を張り自己紹介をすると、妙さんはしっかりと一礼をして見せる。


『コン様、ようこそいらっしゃいました。今回は私のわがままで振り回してしまったみたいで、ごめんなさいね』

「んむ?妙が紳人を攫うように指示したのかの?」

『それが私はただ紳人くんとお話しがしたいと言ったら、此処へツクヨミ様に…』

「なるほど。どうやら、彼奴らまぁた何か企んでおるみたいじゃな」


腕を組んで唸るコン。先程の自分を見ているみたいで、何だか微笑ましいね。


「では」

「ん?」

「直接お話を伺いましょうか♪」

「「ウカミ!」」


スッと静かに境内へと舞い降りたウカミ。その姿はとても流麗だ、けれど。


「「きゅう〜…」

『あらあら、まぁ』


その両脇に抱えられて目を回すツクヨミのことがどうしても気になった。


「そうだね。何でそうなったのかも含めて、話を聞かせてもらおうかな」

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