第66話

海の空、束の間の雫①

「こらツクヨミ!何故紳人を攫った、早く返さぬか!」

「ん〜?何のことぉ?」

「ボクたちも、紳人が急に攫われたから何が何やらです」

「とぼけるでないわ!この黄泉に正式な客として来ている彼奴を、あろうことかお前たちの前で攫うなど本来であれば大事じゃ!」


紳人が連れ去られた方角を指差しながら、ツクヨミ様のお二神にコンは詰め寄ります。


しかし漆黒のドレスのヨミ様も、純白のドレスのツキ様も心当たりはないと戯けていますね…。


「普段であれば私としては穏やかに見守っているところですが…」

「ウカミ?」

「紳人が攫われたとあっては、私としても見過ごす訳には行きません。あと…神たちの行いを見守り時にめっ!する立場としても、動かないと♪」

「絶対紳人の方が大きい理由だよね!?」


ヨミさんが何やら驚いてらっしゃいますが、いえいえ私としてはどちらも大切なことですよ!


紳人を取り返すことで丸く収まるのですから、何もおかしくはありませんとも。


「まぁそれは置いておくとして。あれがお二神の手のものだと言う証拠は、あるのですよ?」

「「!」」


瞬間、まさかと言いたげに眼差しが其々の眼差しが広げられそのお顔から笑みが消えました。


もうこれだけでも証拠と呼べますが…念には念を、しっかりダメ押ししておきましょう。


「ツキ様、私たちがあのシャボン玉で此方に降りる最中とても楽しそうに笑っていましたね」

「それは…ボクも本当に楽しみだったから」

「はい。その点は間違いないでしょう。でもですね、あの時既に指示を出していましたね?隙を見て紳人を攫えと…あの使に」

「ど、どうして…あっ!?」

「神使じゃと?」


私の言葉を聞いて、ついにツキ様が尻尾を出しました。


実を言うと証拠らしい証拠は無かったのですけど、これで決定的な証拠が生まれましたね。


狐ですから、ちょっとくらいは騙しちゃいます!


ヨミ様もポーカーフェイスを保とうとしておりましたが…ツキ様の反応で、いよいよ言い逃れ出来ないと悟ってくれました。


肩を竦めてツキ様と共に此方へ向き直ります。


「しかしウカミよ。今の今まで、わしらはあの神使に会ったことなかったはずじゃ。彼奴は今まで何処に…」


そんな中、コンが私に待ったをかけて?と尻尾を曲げて小首を傾げます。


私の言葉を信じていない、という訳ではなく信じた上での疑問でしょう。


嬉しい限りです♪


「簡単な話です。あの舟、八百重の操舵手ですよ」

「な、何と!確かにそれならば納得じゃな…」


ポンと手のひらに拳を落として合点がいったと頷くコン。


彼女がいなければ、私たちはあの舟に乗ることも出来ず乗れたとして地上に帰ることはできないでしょう。


そしてツクヨミ様たちからお許しが無ければ、鏡を通して帰ることも出来ません。


完全に、閉じ込められました…!


「バレちゃったら仕方ない!ツキちゃん!」

「はいです!」

「「逃げろ〜!(です!)」」

「絶対逃さぬぞ!ウカミ、彼奴らは任せた!」

「分かりました!待ってください、お仕置きですよ〜!」


私たちを置いてけぼりにして見る見る内に屋根へ飛び乗り、ツクヨミ様たちが逃げようとしています。


その背中をコンが指差すので、迷わず承諾。


私とコンは二手に分かれ、其々ツクヨミ様と紳人を追い掛けるのでした。


曲がりなりにも狐ですからね…追い掛けるのは得意です♪


〜〜〜〜〜


「うぅ、生身で空を飛んだ気分だよ…」

「すみません。此方も一瞬が分かれ目だったので…お怪我はございませんか」

「それは大丈夫。貴女が大切に運んでくれたから」


俺が降ろされたのは、夜の食国を離れた小さな神社の境内だった。


「出来れば帰して欲しいんですが…」

「申し訳ありませんが、それは」

「だよね!うん、分かった。じゃあ、此処は何処だろう?」

「此処は名残の社。祀られている神はいない、正真正銘名残が残るのみの社です。


この社の敷地内にあるものは、外から認識されません」

「外から、か」


どうやら、本格的にツクヨミたちは俺を確保しに来たみたいだ…コンたちが何かされてないか心配だな。


大丈夫だとは思うけど、心配なものは心配だからね。


「コン、ウカミ…」


夜空なる海を見上げながら漏らしたこの声も、届くことはないのだと思うと凄く、寂しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る