満ちゆく月、穏やかなる黄泉③
「あれから約1ヶ月じゃな」
「やはり、見るたびに不思議な気持ちがしますね」
「夜の
鏡の門をくぐると、水面のような夜空から俺たちは『黄泉』へと入った。そのまま三人一つのシャボン玉に包まれ、静かに浮遊する。
足元を見下ろせば其処には夜の食国の綺麗な街並みが、月明かりに濡れて幻想的な雰囲気で佇んでいた。
あの時、俺に声を掛けてくれた彼は元気かな…?
此処と現世の時間の流れは違うので、多少ゆっくりしても問題ない。何せ、数時間居たはずの前回も現実では30分程しか経っていなかったのだから。
後で挨拶に行ってみよう。行くことが叶うならば、だけど。
「お〜い!」
「おや、この声は」
その声に導かれるように、俺とコンたちが入ったシャボン玉は夜の食国上空に浮かぶ大きな舟八百重の甲板へ近付き…降り立った。
「いらっしゃい紳人!コンとウカミも」
「こんばんは、ヨミ。今日も月が綺麗だね」
「おっいきなり口説くとは、やる〜!」
「いやそんなつもりでは」
「紳人、お仕置きじゃ」
「なしてぇ!?」
純粋に思ったことを口にしただけだったのだが、口説き文句になってしまう。
しゅる…とコンの尻尾が首筋に巻き付けられ、黄泉で臨死体験という落語もびっくりな事態になりかけた。
「神たらしなのです…」
「それも紳人の魅力ですから」
冷ややかな眼差しを投げかけてくるツキと、えっへんと胸を張るウカミ。
「それは誇って良いことなのかのぉ?」
コンは俺の気持ちを代弁するように微苦笑すると、ぷにぷにと尻尾の先で此方の頰をつつくと尻尾から解放した。
臨死体験は勘弁願いたいがそのもふもふはいつでも堪能したい…。
「むふふ、可愛いやつめ♪」
ピトリと横から体を寄せて上目遣いに微笑むコンに、俺は顔が赤くなるのを感じつつも動揺して言い淀む。
「相変わらずだねぇ…。それじゃあ、そんな熱々の二人にこの肉まんを」
「「縛られちゃうからダメ(じゃ)!」」
「チッ」
さりげなく俺たちをヨモツヘグイで捕らえようとしてくるヨミを、俺とコンは声を揃えて拒んだ。
その横を見れば、パチンッと小さな音を立ててツキが残念とばかりに指を鳴らしていた。
「それにしても、まさかこんなに早く会いに来てくれるなんて思わなかったよ〜」
「行動力凄いです。早くても金曜日だとヨミと話してました」
「ツクヨミの二神にはいつもお世話になってるからね、そのお礼も言いたかったんだ」
「あれはボクらの本来の仕事かは怪しいんだけど…」
ツクヨミたちが微苦笑するのに対し、コンは何処となく気まずそうに目線を逸らす。
臨死体験の9割はコンだけど決してそれを悪く思う必要はない。俺がコンの気持ちをざわつかせたのが原因だからね。
それを伝えるようにポンポンと優しく頭を撫でると、最初は目を丸くしていたコンも嬉しそうに微笑み耳と尻尾をパタパタ揺らして喜んでくれた。
「……やっぱり、神たらしなのです」
「違うんですぅ!」
うんうんと頷きながらしたり顔をするツキに俺は声を大にして否定するしか出来ない。
「二人の熱々を見たら冷たい夜の食国の皆も、生前より熱く元気になりそう」
「人間の皆さんでさえそうなるのですから、此方の方々もそうなること間違いなしです!」
ヨミとウカミがそんな会話をするけれど、何を言っても墓穴を掘る気がして俺は狼狽えるばかり。
「紳人!手が止まってるのじゃ、もっと撫でておくれ!」
「はいただいまぁ!」
愛しのコン様から催促が飛ぶので他のことは忘れてなでなでを再開した。
「うゃぁ〜♡」
時々カリカリと耳の付け根を掻きながら撫でてあげると、コンは可愛らしい声を漏らして堪能してくれる。
「紳人のなでなで、そんなに気持ちいいです…?」
「あれは病みつきになりますよ〜♪」
「ごくり」
そんなコンと俺を、ウカミたちは三者三様の表情で眺め見守るのだった。
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