第64話
再び見える、小銀の乙女①
「……そろそろ慣れるよね」
目が覚めたら、俺は霧が立ち込める真っ黒な空間の中に居た。
流石に目覚めたら知らない場所なんてことにも慣れつつあるのが、ちょっぴり悲しい。
「コン〜、ウカミ〜?もしかしてアマ様ですか〜?」
パジャマ姿のまま体を起こし、声を上げるけれど返事はなく。
股間に目を下ろし男の勲章が大人しいことを確認してから、ゆっくり立ち上がって辺りを見回した。
やっぱり誰もいない。となると、これは純粋に俺の夢…明晰夢って奴なのかな?
「紳人さん♪」
「わぁ!?クネツ、いつからそこに!」
突然背後にクネツが現れ、ビクゥッ!と2ミリ体が跳ね上がりつつ慌てて後ろを振り向く。
黒髪ともふもふの狐の耳や尻尾に相変わらず俺の目は惹かれ、その人懐っこい笑顔は可愛らしい限りだ。
この未知の状況では、それが何よりも安心するしね。
「紳人さん、どうしたです?」
「どうしたって…クネツは此処が何処だか」
「早く食べてくださいな」
「そうそう早く食べ、んん?」
てっきり俺の疑問に答えてくれたとばかり思っていた俺。
しかし、途中までオウム返ししてから全く解答になっていなかったと気付いて首を傾げる。
「食べるって何を」
「ほら…それですよ」
「えっ」
何故か目元が見えなくなったクネツに指を差され、視線で追うと俺はいつの間にか一杯の茶碗と箸を手にしていた。
「そ、そんな…これは、まさか!?」
ゾゾゾ…と背筋を悪寒が這い回り抑えようとしても勝手にカタカタカタと手の震えが止まらない。
こんなにも恐怖を感じて手放してしまいたいのに、固く手は箸と茶碗を手放さず視線は茶碗の中身から目を離せない。
俺が持つ茶碗の中身、それは---。
「その…クネツ特製、ネギプリン味噌汁を」
〜〜〜〜〜
「う、うわぁぁぁぁっっ!?」
ガバァ!と俺は跳ね起きる。そこは真っ黒な空間ではなく、慣れ親しんだ寝室の中だった。
「紳人、大丈夫かの!?わしは此処じゃぞ!」
「あぁ落ち着く…コン、君がいてくれるだけで俺は幸せだ」
「わしもじゃよ。紳人、愛しておるぞ♪」
「俺もコンのこと、愛してる!」
どうやら今日は俺が最後に起きたらしい。
コンの胸にムギュッと抱き寄せられ、穏やかな体温と鼓動が大しけの海原だった俺の心を鎮めてくれた。
「魘されていたので、悪夢かと心配でしたが…もう大丈夫みたいですね」
「ウカミ。心配してくれてありがとう、きっとそれが目覚められた理由の一つだよ」
「ふふっ、どういたしまして♪」
部屋の入り口からひょこっと微笑ましい仕草で顔を覗かせ、白銀の耳と髪を揺らすウカミ。
今日の朝ごはんの当番は彼女が代わってくれたらしくそのことに申し訳なさと感謝を感じながら、「一番はわしの愛じゃろう!」と頬を膨らませるコンに心から礼を伝えた。
そのまま少し急ぎ足で制服に着替え、コンと一緒にリビングへ出てちゃぶ台型テーブルの前に並んで座る。
「どうぞ、白米と味噌汁そして焼き鮭とたくあんです♪」
「「お〜!」」
「プリンは入ってないので安心してください」
「本当に何よりも安心する…!」
「トラウマじゃな」
ネギプリン味噌汁だけはもう二度と食べたくない…普通はこんなことに怯えないよね、と思いながら。
コンやウカミと一緒に、絶品の朝ごはんで心もお腹も満たされるのだった。
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