幾度となく、時が過ぎようと④
委員会決めが終わったその日の夕方。帰宅した俺たちは今日はウカミが晩御飯を担当してくれるとのことで、一足先にお風呂へと入ることにした。
体を洗い、肩まで浸かった湯船の中で俺に背を預けるコン。
彼女のお湯に濡れてやや萎んだ尻尾を撫でながら、頬を伝い鎖骨を通ってコンの胸へと落ちいく雫を目で追っていると不意に彼女が俺を呼ぶ。
「紳人」
「ん?な、何?」
コンの体に見惚れていたことがバレたか、と顔が熱くなるが不思議なことに呼んだコン自身は此方を振り向かない。
1秒、2秒、3秒。
暫し待てども腕の中の可愛い神様から二の句は紡がれない。
こういう時は…何かコンが悩んでる時だ。
何で悩んでいるかまでは分からないけれど、こんな時励ますのは将来の夫である俺の役目だよね。
「コン。俺は君の胸が大好きだよ」
「お主わしが胸でしか悩んでないと思っておらんか!?嬉しいが今はそうではない!」
顔を真っ赤にして両手で胸を隠しながら俺の方を振り向くコン。
しまった、どうやら違ったらしい。
「やれやれ…紳人と一緒であれば、何も悩む必要はないのかもしれんな」
「というと?」
「うむ。何てことはない、ただふとお主とわしの時間に違いがあると頭をよぎっただけなのじゃ」
時間…か。
「確かに、俺は人間でコンは神様で。そっくりな姿や心を持っていても、時間だけは残酷に違うんだろう」
「……」
「今を楽しみ過ぎて、あっという間のその時が来てしまうのが怖いのも分かるな」
「紳人…」
ちゃぷ、と小さく波を立てて俺の方へと体ごと向き直るコン。
その表情は何処か物憂げで、それでいてお湯で張り付いた髪や濡れる体は艶やかだ。
内心全力で興奮しないよう気力を振り絞りながら、包み込むようにして抱きしめ囁く。
「俺も、怖いんだ。何度も同じことで悩んだり、見つけた答えを疑ったりしてしまうことが。
でも…それで良いんだよ。間違いなんかじゃないし、バカなことでもないんだ。
だって、それらは全部コンが居てくれるからこそ生まれた悩みで答えが見つかるものなんだから」
あっという間のその時が来るのは俺にとっては遠い未来だ。でも、コンにとっては今からでも怖い。
同じ時間が流れているはずなのに、感じる時間は全く違うなんておかしな話だけど。
コンが時計の短針、俺が時計の長い針、そして本来の時間が針だと思えば良い。
同じ時間が流れているはずなのに、刻むのは一緒の速さじゃない。
けど、それでも。
「それでも、俺と君は心一つに愛し合っている。何度でも同じ話をしよう、同じことで悩もう…そして、同じように笑おう。
心は不安定だ。だから、面白いんでしょ?」
俺は口下手だし、コンの悩みに少しでも寄り添えたか分からない。
もしかしたら支離滅裂なことを言ってるかもしれないし、的外れな言葉かもしれないな。
でも、今こうして抱き締めているコンの温もりだけは間違いないから。
本当は…言葉なんていらないのかもしれないね、コン。
互いに伝わるこの2つの鼓動があれば、それだけで。
「……その、何じゃ」
「?」
「わしはただ、じゃからこれからもお主と一緒にいる時間を少しでも過ごしたいと、そう言いたかっただけなのじゃが」
「へっ、?」
じゃあ全部、俺が長々と語ったことは…ただの早とちりでコンはとっくに答えを出していたってこと!?
「……ああああ俺もう寝るぅ!これは全部悪い夢だ、きっと寝たら覚めるんだぁ!」
「こらこら恥ずかしがるでない!紳人が語ってくれた言葉、少なからずわしの心に響いたぞ♪」
「その慰めが何より恥ずかしいんだよぉ!!」
「落ち着け紳人、慰めではないのじゃあ〜!」
バシャバシャと湯船の中で暴れる俺と抱きつくコン。その賑やかな声は、お風呂場の外まで響いていたと思う。
〜〜〜〜〜
「あらあら…お熱いんですから♪」
かと言って、そう楽しげに尾を揺らすウカミのことは騒ぐ俺たちには知る由もなかったのだった。
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