試練の時、信念の鬨⑤

「おいこらスサノオ!!お前という奴はなぁにをしておるか!」

「し…死ぬ…」


弟くん…紳人が炎に呑まれたように見え、アマ様は血相を変えてお父様に掴み掛かります。


首を思い切り絞められ、みるみる顔が真っ青になっていきます…アマ様なら本当にお父様を『黄泉』送りに出来てしまいそうですね。


っと、眺めている場合ではありません!


このままではコト様も一緒に掴みかかってしまいそうですから、先に私の方から種明かしをしておきましょうか。


「大丈夫ですよ、皆様」

「何がじゃウカミ!?」

「そうですよウカミ様!紳人さんが…!」

「弟くんは無事です♪」

「「えっ?」」

『……ーい……』


パッと手を離し揃って目を丸くされるアマ様とコト様。


お父様は頭から地面に突っ伏して倒れてしまいました…すぐに起き上がるでしょうし、心配は要りません。


丁度良く遠くから弟くんの声が聞こえてきました。私とアマ様は聞こえましたが、コト様はまだ分からないご様子。


私たちは獣の耳がありますから聴覚も優れているんです!えへん!


「おーい!皆〜!」

「紳人!」「紳人さん!」


大手を振りながら少しずつ此方へと近付いてくる弟くんに、慌てて駆け寄るお二方。


彼の傍らにはコンも誇らしげに並んでおり、弟くんたちの衣装は節々が土に汚れていますね…。


「なるほど、そういうことでしたか」


奇跡とも呼ぶべき生還。その裏には、コンと…小さな働き者さんが力を貸してくださったようです。


その正体はきっと、彼らが話してくれることでしょう。


〜〜〜〜〜


「この穴は…コンが掘ったの?」

「いいや、わしではない。此奴じゃ」

「此奴?もしかして、この鼠さんかな」


穴はとても小さく、俺とコンが膝を突き合わせるくらいの大きさだ。


よく見ると彼女の後ろには穴が広がっている、あそこを通って俺の足元まで来たらしい。


通りで汚れていたわけだね…ありがとう、コン。


コンの視線の先には、可愛らしい鼠さんが立ち上がって俺たちを見守っていた。


『こうして穴に助けるのは三回目だな』

「ありがとう。三回目って、一回目は大国主だろうけど…二回目は?」

『この神様さ』

「えっ!?」

「いやぁ…彼奴、急に火矢を手当たり次第草原に放ちおってな。こっそりと気配を消して目的の矢を回収したまでは良かったのじゃが、危うく炎に巻き込まれそうになったところこの地下の空洞に助けられたという訳じゃ」


背中から矢尻の羽が黒く塗られた矢を取り出しつつ、コンは小恥ずかしそうにはにかむ。


恐らく黒く塗られたのは目印の為かな。


「ありがとうコン、お陰で試練は突破出来そうだ。鼠さんもコンを助けてくれてありがとうね」

『ふっ。人間を助けるのは初めてだが…悪くない』

「じゃろ〜!?愛いやつなんじゃよ、紳人は!」


気を良くしたように尻尾を揺らす鼠さんに、コンも目を輝かせて耳をパタつかせる。


このままではコンによる俺自慢が小一時間始まってしまいそうだったので、慌てて話を切り上げて。


炎が落ち着いてる場所まで地下道を這い、無事にウカミたちの待つ場所まで戻ってこれたというわけである。


因みに鼠さんとは『達者でな』と地下から出る際に見送られ、そのまま別れた。


「……何でお義父様は突っ伏してるの?」

「さぁ…鼠でも探しておるんじゃろ」

「そうですね、きっとそうです」


腕を組んでバシバシとスサノオの背中を叩くアマ様と、それを咎めずしきりに頷くコトさん。


「ウカミは分かるかな」

「うふふ…きっと、鼠さんにお礼を言いたかったんですよ♪」


微笑みを浮かべて俺とコンを見るウカミ。


そんな俺たちの姉に微笑みを返しながら、コンは一つ大きく頷きこう告げる。


「帰って紳人の試練突破の宴でもしようではないか!のう、アマ様?」

「コン…それは名案じゃな!早速戻ろうではないか、行くぞ皆の者!」

「あれ?お義父さんは?」

「其奴は放っておけ、鼠探しに忙しいみたいじゃからな。心配せずともすぐ戻るよ」


よく見ると指先まで伸び切っていて明らかに気絶してるスサノオを一瞥し、鼻を鳴らすアマ様。


何となく何があったのかを察し微苦笑を溢す。


そして本当にスサノオを置き去りにして無事天岩戸へと戻ってきた俺たちは、暫し雑談したのち先にお風呂へと入ることにしたのだった。


勿論、俺とコンだけである。

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