試練の時、信念の鬨④

「ところで…火攻めの試練って言いましたけど」

「おう」

「此処、草原ですよね?」

「間違いないな」


朝ご飯も皆で食べた後、俺たちは昨晩俺が大蛇と過ごした室へと案内される。


大蛇と再会するのかと思いきや開け放たれた戸の先には…何処までも続く雄大な草原が広がっていた。


「じゃあ試練って…」

「あぁ。早速始めっか、一旦後ろを向いてくれ」

「分かりました」


言われるままに背中を向けると、その先にはコンや皆が並んで立っており彼女たちと目が合う。


コンはフッと優しい微笑みを浮かべていて、その笑顔はどんな試練なのかと内心で震える俺を勇気付けてくれる。


もふもふの耳や尻尾も大きめに揺らし俺の元気のツボを刺激するのも抜かりない。


「ホッ」

「!」


その時、ギリギリギリ…ヒュン!と何かが張り詰めた後に何処かへ放たれる音がした。


これは…弓矢?


「よし、こっちを見ていいぜ紳人」

「今矢を放ちました?」


向き直りつつ訊ねると両手を腰に当て、力強く背筋を反らしながら歯を見せて笑う。


「耳ざといな!そうだ、お前にはこの草原の何処かに射った矢を見つけて取ってきてもらう!」

「広すぎませんか!?俺、ただの人間ですよ!?」

「この場にいる時点でそれは無理だろ」

「いや、それは…まぁ…」


急に真顔で返され言葉に詰まった。


確かにただの人間が『神隔世』に来てこんなことしたないよね…。


仕方ないか…それに試練をやると言ったのは俺だし、ひとまず探そう。


この試練でスサノオが何を見たいのかは分からないけれど。


「時間制限はありますか?」

「無い、といえば無いが…迫るものはある」

「不穏だ…でも、とりあえず。イテキマース!」

「漢らしいぞ紳人!行ってこい!」


相変わらずビリビリと微かに体が震える気がするほどの声量でスサノオに見送られ、俺は草原へと駆け出した。


「……けど、本当に広いなぁ」


そよ風にふわりと舞う草花を軽く走りながら見渡す。


これだけ広大な草原から、神様の膂力で放たれた一本の矢を見つけ出すだって…?


もし見つけることができたなら。


それは最早、運命とさえ呼べるだろう。


「……もしかして。そういう、ことなのかな?」


運も実力の内とは言ったもの。


運気と根気、それをスサノオは見極めようとしているのかもしれない。


「なら、負けていられない!」


パン!と気合いづけに両頬を手で叩きじんと感じる熱を意識しながら、俺は時に走り時に歩きながら壮大な草原を暫く探し回った。


〜〜〜〜〜


「な、無い……」


あれから体感1時間以上は探したと思う。けれど、何処にも見当たらない。


当然といえばその通り。俺は特段目が良いというわけでもなく、勘に優れている訳でもないのだから。


こんな途方もないところから見つけ出すことなんて出来なくても仕方ない。


もしかしたら俺が今探してる方向じゃないのか?それとも、明後日の方向?


「……諦めるものか」


この試練がただ俺の度量を測るためのものだったなら、きっと早々に無理だと音を上げていたと思う。


けれど。以前大国主に試練をしたのは、彼が惚れた女神スセリビメに相応しいかどうかを見極めるものでもあったと大蛇は言っていた。


もし、俺がこの試練を突破出来なければ…最悪ウカミが俺とコンの前から去ってしまうかもしれない。


俺たちの婚約も無かったことにされてしまう可能性だってある。理不尽にも思えるけれど、そういう一面も神様にはあるんだ。


理不尽には怒るのが人間だ、という言葉が示すように。全身全霊で抗おう。


ウカミは大切な家族だ。俺にとっても、コンにとっても。


そしてコンは、俺の愛する神様だ。絶対に奪わせはしない!


「あれ?何だか…ちょっと熱いかも?」


少し額に汗が滲む。軽く袖で拭うと、視界の隅で何か朱い光が見えた。


其方を向いた時。思わず、そして無意識に後ずさってしまう。


「迫るものはあるってこういうことか!おのれお義父さんめ!」


その瞬いた光の正体。それは…熾烈に燃え広がる炎だった!


何故矢を探すことなのに火攻めの試練なのか、事ここに至り漸く繋がった。


草原ということもあり迫りくるその炎はあっという間に、遠くからでも分かるほどハッキリと四方を取り囲む。


「矢を探すどころじゃない、けど…どうすれば!」


考えろ、考えることを止めたらもっと何も出来なくなる…!


尻に火がついたみたいに落ち着かない気持ちの中で、それでも何とか打開策を見つけるべくその場に立ち止まって思考を巡らせた。


でも見つからない。ジャンプして避けられるような生易しい炎ではないし、燃えていない方角もないので逃げ場もなく。


万事、休すか…ッ!


「紳人!後ろじゃ、こっちに飛び込め!」

「ッ!」


その時、凛とした声が響いた。


誰何する必要も時間も無い。炎に襲われる刹那俺はもう一歩後ろへと下がり、そのまま足場を失い穴の中へと落下する。


ジュッ…!微かに髪の毛の先が焦げる匂いに顔をしかめ、ドサッと尻から着地した。


「いってて……助かったよ、コン」

「ふふっ…良い良い。お主の為ならたとえ火の中水の中じゃよ、紳人」


穴の中は軽い空洞になっていて、そこでは和服の節々を土に塗れさせたコンが笑っていた。

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