泊まる人、回せ針②

「弟くん、次は左手を緑です!」

「そぉ…れっ!」


タンッ!と左手を伸ばして緑の丸に手を乗せる。


何とか手は届いたけど、腰を浮かせた四つん這いのような状態のため爪先立ちで不安定だ。


俺としてもこの落ち着かない体勢は避けたい。でも、仕方ないよね。


「紳人…倒れてきても良いのじゃよ?」


このゲームの敗北条件は、『相手の体に大きく触れる或いはバランスを崩して倒れること』。


そして今、コンが俺の下から今にも触れそうな距離で目を輝かせながら見上げているんだから。


「やるからには負けたくないからね!」

「わしには触れたくないと?」

「いやそれは」

「じゃあ私なら良いですよね、お兄さん♪」


俺とコンの横で組体操みたいな体勢になっている真奈ちゃんが、不意に会話に混ざる。


因みに彼女は赤いニットと黒いスカートを着ているんだけど…若干ずり上がって太ももが見えているのが、心臓に悪い。


「ほ〜?なるほどなるほど、そうかそうなのじゃなぁ?」


……本当に、心臓に悪いよ。


「ごっ…めんね真奈ちゃん、真奈ちゃんにも触りすぎたらアウトだからさ。色々と」

「え〜」

「紳人くん大人げないよ〜?触ってあげても良いんじゃないかな」

「それは負けろってこと!?」


白色のブラウスとややゆったりめのスカートに身を包む未子さんに微笑み混じりに揶揄われ、思わず目を丸くして反応してしまう。


「ほれほれ良いのか?今倒れればわしの尻尾をモフり放題じゃぞ〜」

「モフモフ!」


魔法の単語に意識が一瞬にしてモフモフに染まった。


ぐるんっと首が回り下のコンへと視線が奪われ、マジマジと凝視する。


体の重心が上半身に集まり猫が伸びをするような体勢のコン。


そんな彼女の尻尾が、俺の目の前でフリフリと猫じゃらしのように揺れていた。


これではどっちが猫か分からないな…なんて思っていると。


「?柑ちゃんに尻尾なんて無いだろ?」

「「あっ」」


恨みがましそうに手元と此方で視線を反復横跳びさせていた悟に指摘されて慌てて思い出す。


コンたちの狐耳と尻尾は、俺と神様たち以外には見えていないのだ。


ま、まずい…我が家だからついうっかりしていた!何とか誤魔化さないと!


あぁでもウカミと未子さんは頼ったらダメだ、この二人は確実に助かるけれど何かしらの火種を残すアドバイスをくれる。


肩越しに振り返るコンと目線を合わせ、瞬きの逡巡。


そして覚悟を決めた。


「いやぁその、コンって何だかお狐様?みたいだからさ!たまぁに尻尾があるように見えるんだよ〜」

「紳人…お前、ついに従兄妹の柑ちゃんにまでそんな幻覚を…」


親友が闇に落ちてしまったみたいな悲壮感漂う顔をされてしまう。


見るなあ、そんな目で見るなァ!


……結局、悟(と多分明)の中の俺の株は目に見えて下がった。


でもまぁ仕方ない。


コンと俺たちの関係の正体を守る為だ、他人に言われて落とされるより自分で落とした方が幾分かはマシだからね。


(…私に言ってくだされば、良い感じに誤魔化したんですよ?)

(貴女にとって、良い感じな気がしたので!)

(正解です♪)

(んガッ!?)


心の声でこっそりウカミが話しかけてきて、やっぱり俺の判断は間違っていなかったと理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る