春の訪れ、桜は何処へ④
「カム…あぁ、彼奴は相変わらず父親と一緒に酒を造っているよ。酒造りが上手くなったのだぞ」
「そうなのですか!あんなに試行錯誤してましたものね」
「全くだ。以前は桜のように酒気が一瞬で飛んでいたのに、今では逆に桜吹雪に見惚れるように極楽へと誘う程になっている」
どうやらウカミにとっても知己の仲らしい。
神様基準ですら以前ということは、俺にとっては何百年前の話になるのかな…まさか、それ以上ということも?
「……コンは分かる?
「んや、わしも分からぬ…」
俺の隣を歩くコンに耳打ちしても、首を横に振るばかり。
どうやらそのまさかみたいだ。
それだけの年月を掛けて磨かれた腕と、生み出される酒…きっと美味しいのだろう。
飲むことは夢のまた夢、だけど。
「ウカミ、そのカムとは何者なのじゃ?」
「え?あぁそういえば…コンと会う前でしたね。カム様とは
二人にはサクヤ様と呼んだ方が馴染み深いでしょうか」
「サクヤ…そっか、サクヤヒメ様か!」
カムアタツヒメ。それが本来の名前だけど、一般的にはサクヤヒメという別名で知られている神様だ。
彼女の父親であるヤマツが祝いの席の為に酒を造ったことから、そう呼ばれるようになったのだとか。
サオリは同じ桜の木関連で深い繋がりがあってそこから親密になったと思われる。
「ま、相変わらずの酒豪っぷりで造っては飲み干しそうになるから叱られてばかりなんだと」
「酒か…そういえば、わしもウカミも暫く飲んでおらなんだ」
「弟くんがまだ20歳ではありませんから、私たちだけ飲むのも気が引けますし」
「そうなんじゃよなぁ。いや、待て。もしやまだ酒に耐性がない内に酔わせ、酔い潰れた紳人にとことんわしを刻み込めば…!」
「やめてよね!酒に酔った状態で、コンに勝てるわけないだろう!?」
ハッ!ととんでもないことに気付いたと目を見開くコンを、慌てて制止した。
それは人の世では間違いなく犯罪と呼ばれるものの類。
俺が良くても、世間は許してくれない…!
やるなら『神隔世』でお願いしたいところだね。
「よぉし紳人今すぐ『神隔世』に行くぞ!アマ様の前で同じ盃の酒を交わすのじゃ!」
「待ってそれ婚姻だから!契りの盃だから!あとコンも神様だよね!?」
グイグイとあり得ない膂力で引っ張るコンに、何とか抵抗しようと足を踏み締める。
けれど悲しいかな。こういう時は何故かコンは本気になり、俺の抵抗が嘘のようにズルズルと引きずられていく。
「ぬおおおお……!」
「ウカミ。あれは…酔ってるのか?」
「そうですねぇ、お酒というよりは恋に。花よりも団子よりも。一緒に見る相手に夢中なのかと」
そのまま何処までも引きずられていく俺の耳は、この会話だけを辛うじて拾うことが出来た。
結局俺はコンに引っ張られるまま『神隔世』に行き、アマ様の社たる天岩戸へ着いたのだが…そこでコンは暴走を咎められ小一時間説教されるのだった。
因みに俺も暴走させた責任があるとして一緒に正座で怒られたのは、言うまでもない。
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