眠れる者、手向けの言葉④

「何年、生きただろうか…一年も経っていないかもしれないし、千年を超えたかもしれない…」

「……えぇ、そうね。私もツヅリとの生活が幸せで…覚えてないわ」


「そんな顔しないでくれ。最後は、笑ったお前の顔を見ていたい」

「こう…かしら?上手く、笑えてる?」

「あぁ、綺麗な笑顔だ。ありがとうイセカ。お前との第二の人生は…夢のように幸せだったよ」

「それなら良かった。なら今から見るのは…第二の夢ね」


「おやすみ、なさい…ツヅリ」

「おやすみ…イセカ」


こうして自分は、目を閉じる。


そして眠りに落ちる直前…こんなことを思った。


この後イセカは、独りぼっちで生きていくのだろうか。


そんな物語、寂しすぎる。


神様の寿命がどれほどかは分からないけれど。


願わくば…あぁ、最後に一つ叶うのならば。


この本を読んでくれた誰かへ。もし、貴方にこれが見えているなら…どうかお願いだ。


物語を終わらせ、----を解放してあげてほしい。私はもう…読むことは出来ないから。


〜〜〜〜〜


"……"


長い独白を終えたツヅリは、これ以上語ることはないとばかりに口を噤んでしまった。


沢山の幸せと…その最期に待つ、切ない終わりの物語。


たった一神残された世界で暮らすイセカを解放する、それが意味することとは。


「ツヅリさん。俺はイセカさんを…彼女を、見送れば良いんですね」

"あぁ…頼む"


ザッと背後から聞こえる足音に、振り返る前にツヅリを見てから振り返る。


「神守くん、こんなところにどうしたの?」

「……いえ」


やはり見えていない。ズキリと胸が痛むのを隠すように一度視線を逸らしてしまうけれど、逃げ出すものかと再度向き直る。


「ツヅリさんに会いました」

「……」


絶句。その言葉が示すまま、目を見開いて息を呑むイセカ。


「もう良いんだ、そう伝えてくれって」

「…そう。やっぱり側に、居てくれたのね」

「ッ、気付いてたんですか?」


告げられた彼女は、悲しみを滲ませた微笑みを浮かべて目線を落とした。


しかし、その直後には誤魔化すように肩を竦めて見せる。


「当たり前でしょう?誰だと思ってるの。……彼を失った直後は、私だけでも此処で生きていくつもりだった」


月を見上げて遠くを眺めるように目を細める。


いや、実際見ているのだろう…幾星霜の記憶の彼方を。


「でも。その日から暫く経って、誰かに見られている気がしたわ。そんなはずないのに…もしそんなことをする人がいるなら、ツヅリしかいないってすぐに分かった」

「イセカさん…もしかして、貴女も…?」

「えぇ、多分神守くんの考えている通りよ。


貴方がくれた思いがあるから、私は一人でも大丈夫よって。


同じことを考えていたなんて思わなかったけれど」


それが可笑しかったのかクスッと笑うイセカと、それを見て先程のイセカと鏡合わせのように目を丸くするツヅリを見て漸く全ての謎が解けた。


あの言葉の中で名前が掠れていたのは、古びていたからじゃない。


イセカとツヅリ、二人の思いが込められていたから重なって分からなかったんだ。


目尻に涙を浮かべて泣き笑いの顔になるイセカは、それでもハッキリと俺に話しかける。


いや…よく見れば、その目線は俺の隣。見えないけれど気配で分かるのだろう、ツヅリの方へ真っ直ぐ向けられていた。


「……もう、良いのね?貴方と過ごしたこの世界を…大切に守ってきたこの物語を、終わらせちゃうのよ?」


その言葉にハッとしたツヅリも、ツー…と静かに一筋涙を溢しながら口を開きかけ、閉じる。


「俺が伝えます。ツヅリさん、イセカさんへ…手向けの言葉を」

"……ありがとう"


自身を示しながらツヅリへ訴えかけると、こくりと深く頷いた。


続けてイセカに語りかけるので、俺はそれを一拍置いて読み上げていく。


「"イセカ…俺たちの物語は終わったんだ。最後は、一緒に笑おう。今度こそ…ピリオドだ"」

「えぇ…えぇ。そうしましょう、ツヅリ」


眠り姫を起こすような優しい言葉は、イセカの瞳を煌めかせる。その光は反射するようにしてツヅリの瞳にも宿った。


完全に見つめ合った二人から、世界は眩い光に包まれていく。


二人はもう、限界だったのだ。


そんな彼らの最後の心残りが消えた今…物語の幕が、下ろされる。


地面も空も、木々や風すらも輝き俺は目を開けていられず反射的に両手で庇った。


「さようなら、神守くん。ありがとう…私たちを見つけてくれて」

“さらばだ。お前のいつかが、幸せであること。祈っている"

「イセカさん、ツヅリさん…!」


フワリと浮遊感に包まれ空へと浮かび上がる刹那、陽だまりのように穏やかな声が耳朶を打ち。


辛うじて叫んだ彼らの名前を残し俺は物語から送り出されて…何処かでパタンと、何かが閉じた。


〜〜〜〜〜


「紳人よ」


耳元で俺を呼ぶ、愛しくて止まない声が聞こえる。


「う、ぁ…コン…?」

「目が覚めたようじゃな」


気が付くと俺は、図書室の本棚の陰でコンの小さな腕の中に抱き締められていた。


「……うん。ただいま、コン」

「おかえりじゃ。紳人」


その柔らかな微笑みと落ち着いた雰囲気はまるで、俺が体験した物語を見ていたかのようで。


「コン…俺、俺!ッ…、」

「うむ。うむ…」


それでもいっぱい伝えたいことがあって、一生懸命言おうとしたけれど。


それらは風のようにするりと手のひらから溢れ落ち、上手く言葉にならなかった。


ポロポロと流れる涙と嗚咽も止められなくて凄く情けなかったはずの俺の言葉を、ポン…ポン…コンはその尻尾で優しく背中を撫でながらもしきりに頷き耳を傾けてくれた。


やがて俺が泣き疲れて眠りに落ちてしまうまで…何事かを、ずっと、ずっと。


俺はコンに、話しかけていた。

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