眠れる者、手向けの言葉③
「消えてるって…じゃあまさか、此処にいた人たちは!」
"あぁ、皆消えた"
「そんな、どうして…」
その淡々とした口調が最早幾星霜の果てであることをハッキリと告げていた。
あまりのやるせなさに俺は思わず首を横に振るけれど、それで何が変わるわけでもない。
受け入れ難い事実を前に戸惑う中、追い打ちをかけるように男は語る。
"簡単な話だ。魂の寿命が来たというだけのこと"
「魂の…寿命…?」
すぐ側にあった木にもたれかかると、彼…ツヅリと名乗った男は腕を組んだ。
漢字も名字もあったらしいが長い年月の果てに忘れてしまったらしい。
"順を追って話そう。この世界は…初めは何の変哲もない、一冊の本だった"
〜〜〜〜〜
-----そして自分は、そんな本を読み耽ってばかりの病弱な子供だった。
病弱といっても日常生活を送ることは皆と同じように出来た。
けれど、走ったり大声で笑い続けたりするとすぐに呼吸が乱れてしまう。
だから親からは毎日、耳にタコが出来そうなくらいにそれらは駄目だと言い聞かされていた。
子供心に心配してくれていると伝わったし、そこまで活発というわけでもない。
特に支障はなかった。
……皆が夕暮れ時まで村中駆け回っているのを、家の窓から眺めるのもいつものことだと思える程度には。
そんな自分の手には、常に本があった。
本は俺にいつも新しい世界を見せてくれる。自由に動けない子供が、憧れるのは当然の摂理だろう。
ある日ずっと家の中に居るのも飽きた自分は、村の外れにある祠の前で本を読んでいた。
そこは木に囲まれていて陽射しは柔らかく、そよ風も心地良い。誰にも内緒の秘密基地の気分だ。
今日も今日とて穏やかに本を読んで帰る…それだけ。
そのはずだった。
「君、いつも本を読んでるわね。飽きない?」
それが、ふよふよと浮かびながら自分を覗き込むイセカの第一声。
当然素っ頓狂な声を上げて驚いてしまう。
「やぁっと顔を上げた。案外可愛い顔してるのね…気に入ったわ♪」
こうして自分とイセカは、時折同じ時間を共有することになった-----
〜〜〜〜〜
"季節は幾度も巡り、自分たちは…気が付けば友人よりも深い関係になっていた。それが恋人と呼ぶものなのかは、今も分からないが"
「……一見穏やかな話だけれど。何かが、あった?」
恐る恐る聞くと、重々しくツヅリは頷いた。
"イセカの祠が取り壊されることになった"
「ッ!?」
"元より自分以外、誰も訪れない祠だったからな…そこら一体を開墾し新しい家を建てようと流れさ"
イセカは力が弱く、日常的に会っていたツヅリしか見えることも聞くことも出来ないらしい。
何とか取り壊すのをやめられないかと訴えるものの、聞き入れてはもらえず。
その心労が祟ったのか。やがて、もう一つの不幸なことが起こった。
ツヅリの病弱が…悪化したのだ。
幾重にも重ねた縁は、あっという間にその繋がりごと風前の灯となり。
それでも一緒にいたいと願った2人が導いた答え。
それは。
イセカの最後の力を使い、本の中に一緒に飛び込むことだった。
"本の中では、俺もイチカも自由気ままに過ごせたよ。幾ら時が過ぎようが、幾ら自堕落に過ごそうが…健康そのものだったのだから"
フッと懐かしむように笑みを浮かべるツヅリ。
けれど、すぐにその記憶さえ捨てるように口火を切る。
"しかし、俺たちは知らなかった。完成されていた物語の中に、異分子が紛れ込んだことで…その世界に時間が流れ始めることを"
「時間が、流れ始める…?」
"あぁ。本来物語はページを捲らなければ何も進まないし、戻らない。そこに、本来読み手であった存在が作品内の人物になってしまったら…それはもう、別の物語だ"
閉じられた世界だった物語が、動き出す。別物になれど物語という枠組みからは外れない。
その歪さは、延々と時が流れ続けるという形で現れる。
"……ある時。村の人が、糸の切れた人形のように倒れ、消えた。それは1人、また1人と増えていく。不気味だった、恐ろしかった。
逃げるように…都の方へ自分たちは移り住む。この世界の中心のような場所だけあって、異常なんて無かった。
まぁ、それも束の間だったが。
一連の現象が時を過ごしすぎた結果、魂が摩耗され消えてしまったことが原因だったと気付いた時には…もう、何もかも手遅れさ"
そして。その終わりの時は…ツヅリにも訪れる。
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