眠れる者、手向けの言葉②
「……眠れない」
思えばコンが来てから一人で眠ることなんて殆ど無かった。もしかしたら、完全に無かったかも知れない。
だからだろうか。
どうにも落ち着かなくて…眠気があるようで無いような気分で寝付くことができず、借りた毛布の上から起き上がった。
「散歩でもしよう」
こういう時は気分転換、軽い運動で眠気が湧くのを誘発するべし。
カララ…と静かに戸を開け倉庫から出る。チラリと家の方を見ても、明かりはついていない。
どうやらイセカは眠っているようなので、起こさないようゆっくり村の方へと歩き出した。
「……」
妙に肌寒い、夜の小道。足元を照らす程度の優しい月に見守られながら家が軒を連ねる村の中心に辿り着く。
時間は…月の高さから見て、丑三つ時近く。
当然と言えば当然なのだが。
人気が、全く無いのだ。
何と言えば良いんだろう…これは、そう。
伽藍の堂。空っぽなんだ。
「そう言えば…」
この世界に来てから、俺はイセカ以外の人を見ていない。
勿論居た痕跡はある。見渡す限りのどの家も生活感は残っているんだ。
けれど、そこに住んでいた人物は、もう。
ドクン…。チリチリと湧き立つ焦燥感に、嫌な鼓動が跳ねた。
それは一度で収まらず、ドクン…ドクン…と寄せては返す波の如く脈打ち始める。
此処には人がいない。動物も、虫もいない。
生き物が…見つからないんだ!
「ハッ、ハッ…!」
怖い、と感じた。寂しいではなく…たった1人のこの空間がとても恐ろしいものに思えた。
「……そうだ、イセカは」
彼女は…此処に生きている。
弟から仕送りも来るって言っていた、あれが嘘だとは思えない…思いたくない。
もし嘘ならば…ずっとイセカは1人だったはずなのだから。
いつの間にか震えていた自分の体に鞭を打ちパン!と頬を叩いて気を付ける。
同時に痛みが俺の意識をハッキリと覚醒させ、脳裏で渦巻いていた言葉にならない言葉が形を帯びていく。
「……」
「ッ!?」
不意に何か聞こえた気がして後ろを振り向けば、其処には驚くべきことに1人の男が立っていた。
そして…光を映さない虚な瞳で俺を見据えながら口を動かす。
「----」
"真実を告げてほしい"
その声は耳からではなく、直接心に響くような感覚がした。
「真実って…誰に?」
俺の声にキュッと口を引き絞ったように見えた。
でもそれは一瞬で、瞬きの瞬間にはまた感情の読めない顔に戻っていて。
月明かりに導かれるように彼は言の葉を揺らした。
"イセカに…もう良いんだと"
「何故、貴方が直接言ってあげないんです…?」
その悲しくも優しい声の彼がイセカの言う弟であり、そして……
解放してあげてほしいと誰かに助けを求めていた人物なのだと直感する。
けれどその言葉は悲観にも似ていて、その違和感がどうしても気になって聞かずにはいられなかった。
"自分はもう…とうの昔に消えているから、この言葉は届かない"
サァァァ…吹き抜ける風にさえ消え入りそうな声は、中々どうして鮮明に俺の心を震わせた。
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