文字の羅列、回れ回れ④

「……はい、これどうぞ。ちゃんと洗濯してるから匂いは気にならない筈よ」

「ありがとうございます!それじゃ、着替えさせていただきますね」

「手伝おうか?」

「要りませんけど!?」


幸いイセカの家は村の外周に当たる場所だった。


そのため、誰にも気付かれることなく彼女の家の中へと入ることに成功。


無事に彼女の弟さんの古着を拝借し、何故か手をワキワキさせながらの提案は丁重にお断りして着替えた。


紐も貰ったので解けないように脱いだ制服を縛り手荷物にする。


「……おかしく、ないよな」


時代によっては鏡は高級品なんだけど、どうやらこの世界では普及しているみたいだ。


イセカの身に纏っているやつの男性版、といった感じで凄く素朴なデザインに見える。


俺の髪が黒色で良かった…かなり馴染んでいるのではなかろうか。


うんと自問自答に頷き、襖を開いて家主の待つ居間へ。


「おかえりなさい!サイズは…うん、ちょっとだけ大きい。動きやすくて丁度良いでしょう」

「はい、息苦しくなくて着心地良いです!」


懐かしむように目を細めるイセカ。


きっと弟さんを思い出しているんだね、何だかくすぐったいな。


「あの…此処までしてもらってなんですけど、弟さんと似てるからってこんな怪しい奴の手助けをしても大丈夫ですか…?」

「格好は確かに見たことありませんが。でも、貴方はおかしくないみたいですから。えっ、と」

「あぁごめんなさい。名乗り忘れてました…俺は紳人、神守紳人って言います」

「神守くん…良い名前だね」

「そう言ってもらえると、嬉しいです」


本当に何から何まで有り難い…此処までしてもらって、何もせずに離れるのは恩知らずと言われてしまう。


というか、そんなのは俺が俺を許せない。


「あの、イセカさん」

「はい?」

「何か俺に手伝えることはありませんか?炊事洗濯、やったことはありませんが薪割りなどもやりますよ!」


意気揚々とこの家の居間を眺め回しながら聞いてみた。


普通の民家、と言った趣のイセカの家は居間兼台所と寝室が一緒になったような間取りである。


玄関とその横に伸びるようにある台所や釜戸は古風で石を掘り抜いたようにも見える。


キャンプ場にある台所や洗い場をイメージしてもらえれば分かりやすいかな?


そこが綺麗に掃除されているということは、彼女が一人で家事をしている証拠だ。


一宿一飯の恩ならぬ一服一紐の恩、返させていただこう!


「本当?助かるわぁ、じゃあ今日の料理やお風呂に使う薪を割ってもらえる?」

「お任せあれ!」


ポンと胸板を叩くとくすくすと楽しそうにイセカは笑った。


ここまで見た中で、1番の素直な笑顔だと思う。


彼女は倉庫の方へ食材を取りに行ったので俺は反対の裏庭に向かう。


間もなく、根を張った切り株とその脇に立て掛けられた斧を見つけた。


薪割りは、腕で振り下ろすというよりは腰を落として斧を落とす感じにやると上手く行くはず。


「よっと、中々重たいな…怪我にだけは注意しよう」


薪を縦に置き正中線に捉えて斧をしっかりと握り腋を締める。


そのまま上段に構えて腰を落とし…腕を、落とす!


カァン…!


「うん、良い感じだ!」


どんな情報でも持っておくものだ、まさかこんな風に活用する日が来るとは…。


もう一度薪を置き、景気良く振り下ろす。


今度は綺麗に割ることはできずガッ!とやや中心を外れてしまった。


……因みに、ぬるぽと挨拶はしていない。


「んガッ!」


薪は中心を少しでもずれると異様に固くなる。


手に伝わる感触にビリビリと痺れ、危うく手から離してしまいそうだった。


しかし、鋼の意志で何とか握り直す。


一度しゃがみ込んでコンコンと数回、薪に食い込んだままの斧を切株に打ち付ける。


徐々に斧が薪にめり込んでいき、やがてパカッ!と嘘のように手応えが軽くなり少々歪だが割ることが出来た。


「元気爆発で頑張るか〜…!」


やや賑やかに独り言を呟きながら一個、また一個と薪を割っていく。


労働の厳しさと楽しさを噛み締め意識を集中させつつ、心の片隅でふと考えた。


この物語を終わらせ誰かを解放する…それが俺の役割であり安全に脱出する方法だろう。


でも、この世界はどれだけ広いのか…そして誰を解放してあげれば良いのか。


「フッ!…ダイナミック、チョップ!」


カン!……カン!……風に揺れる風鈴のように断続的に響く音は、俺の思考をクリアにしていく。


もしかして…いや、もしかしなくても今回の件は神様絡みだ。


どういう理屈や仕組みかは分からないけれど、この世界に神様が居る。


神様か、人間か。


最悪手当たり次第に「神様って知ってますか?」と聞き回れば、頭のおかしい奴だとは思われるがそれが最も手っ取り早い。


「……」


手を止めて、考え込む。


物語。あの一文を書いた存在はそう言った。


なら…


神話の時代にしては諸々発達しすぎている。


けれど、現代にしては制服が浸透していなかったりと前時代的。


俺の知る限りの童話や伝記にそんな物語は存在しない。


そもそも、キーマンとなる人物や出来事が現れていないのだから解決のしようがないのだ。


「……こりゃ、長期戦覚悟だな。授業をサボったことは無かったんだけど」


なんてことをボヤきながら、今はひとまず恩返しの為にあれやこれやと言いながら薪を割り続けるのだった。


コン……待っててね。


〜〜〜〜〜


「何じゃ、これは…!」


紳人が本の中に吸い込まれた直後。


文字が回り始めたかと思えば、書かれていたものとは違う文章が書き上げられていく。


どうやら、紳人の行動が中心に描かれておるようじゃ。


俄かには信じ難いことではあるが…この本は今。


そう今正に、生み出されている最中なのじゃ!


『コン……待っててね』

「っ!」


必死に遅れぬように読み進めていると、内部では数時間は経過しておるらしい。


まだ此方では数秒足らずじゃが…。


「柑さん?どうかしましたか?」

「ウカミ…」


ふと顔を上げると、後ろには不思議そうに此方を覗き込むウカミが居た。


「……すまぬ、彼奴らの相手を頼めるか?紳人が…ちょっと本にのめり込んでしまったようなのじゃ」

「…!分かりました、お願いしますね…コン」

「うむ。任せておれ」


チョンチョンと指先でわしの手の本をつつけば、即座に理解してくれたようで頷き一つで他の皆に気取られぬよう授業の続きを進め始めた。


「とは言うたものの…」


下手に手を出して紳人が帰れなくなっては大事じゃ。


普通に死んだのであれば『黄泉』に殴り込みに行けるが、この場合消滅という形になりかねん。


「わしも行けぬかのぉ?」


紳人と同じように文章をなぞってみるものの、何も変化は起こらず…ただ少しずつ生み出されていく紳人の軌跡を見守ることしか出来ない。


「紳人…わしも、お主に会いたい…!」


心細さともどかしさに苛まれながら、わしはただひたすらに紳人の無事を祈るばかりじゃった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る