文字の羅列、回れ回れ②

「この時間は図書室の中から何か一冊本を見つけて、それを簡潔にまとめる授業です。皆さん頑張ってくださいね!」

『は〜い』


今日の一時限目は国語だ。


馴染み深い図書室に全員で移動してから、一度全員座って今日の概要の説明を受ける。


何だかここ最近の中で1番まともなウカミの授業な気がするな…。


「コンは何にする?」

「わしは紳人と同じのにするのじゃ!」

「纏め方の違いがあるかもしれないし、一緒でも大丈夫かな?」


ウカミの方をチラリと見るとクラスメートに質問をされているので、とりあえず提出してみてから考えることにした。


さて…何にしよう。ライトノベルでも良いけれど、此処は折角なら見たことのない本にしたい。


一冊一冊背表紙を確認し時折気になったものは手に取ってはみるものの、どれもピンと来ず本棚へ戻すを繰り返す。


しかし、長時間考えて読む時間が無くなっては勿体無い。次に気になったものをコンに聞いてみて、良ければそれにしてみるかな。


「……ん?」


図書室の一角、1番下の段のこれまた1番端。


そこに、偉人や伝承のコーナーには似つかわしくない赤色の無地の本が収まっていた。


文字も書かれていないのが余計に俺の興味を引く。


「んむ?どうしたのじゃ?」


俺の右肩からひょこっと顔を出し、俺の肩に可愛らしく顎を乗せたコンが俺の瞳を覗き込んでくる。


その為、左手でその赤い本を抜き取ればやはりそこには何も書かれていない。


俺は表紙を指差して、コンに見せた。


「この本何も表紙に書かれていないんだ。何かの辞書かな」

「なるほどのう…これは確かに気になるところ。開いてみるのじゃ」

「了解」


ふにっとコンの柔らかな頰が俺の頰に触れるほど密着すると先ずは表紙を開く。


「えっと…何々?」


幸いにも中も空白、なんてオチでは無かった。


見やすいサイズの文字の脇を指でなぞりながら小さな声で読み上げる。


「『この本を読んでくれた誰かへ。もし、貴方にこれが見えているなら…どうかお願いだ。


物語を終わらせ、----を解放してあげてほしい。私はもう…読むことは出来ないから』


……此処、文字が掠れて読めないな」


不思議な書き出しだ。


この文章には無機質な印刷文字ではなく、書き手が直接綴ったような熱を感じる。


それ故に抜け落ちたように掠れている部分が気になった。


スッ…と紙の上からなぞってみる、すると。


「っえ!?」

「紳人!」


ヒュッと何かに導かれるように俺の体は


「コン…!」


咄嗟に俺を呼んだコンに手を伸ばし、コンもまた俺へと小さな手を伸ばした。


互いの指先が触れ合う。その直前、


「……紳人ッ----!』


差し出した手は空を切り、俺は真っ白な景色に誘われ何処までも沈み始める。


コンの俺を呼ぶ声は徐々に遠くへと消えていき…やがて、反響していた声すらも霧散していった。


本の中に入るなんて、アリスでも味わったか怪しい経験をすることになるとは。


呑気なことを考えながら俺は暫し自由落下に身を任せる。


まさかこのままじゃない…よね?


静かに落ち続けることに不安を抱くも、幸い間も無くボフッ…と俺は雲を突き抜け地面に落ちる直前でフワリと降り立つことに成功した。


「……何処だ、此処」


早速辺りを見回す。けれど、当然そこは学校などではなく。


遠くに山々が見える農村とも呼ぶべき何処かの道の上だった。


現実の何処かに転移したとも考え辛いし、やっぱり今いる場所は本の中と考えて良いだろう。


「こうしててもしょうがない、誰か人を探すかな」


迷った時はとりあえず動く!呆然としていても、何かが好転する保証はないからね。


一刻も早く此処から出て愛するコンの待つ現実へ戻らなくては。


そう己を奮起し、景色を楽しむついでに人を探し始めた。


「しっかし…本の中の世界かぁ。コンにも見せてあげたいところだ」


青空を流れる白い雲や道すがらに生える桜の木は、未知のことに落ち込む心を癒してくれる。


空気も澱んではおらず寧ろ透き通っているような感じで、向こうよりも美味しい。


「……」


歩きながら自然と足元を向き、物思いに耽る。


『物語を終わらせ、----を解放してあげてほしい』


この本の作者と思しき人物の残したあの一文は、演出ではなく本当の願いだ。


こうして俺が本の中にいることがその証明になる。


今、俺に役割があるとするならば物語を終わらせることらしいけど…。


「どうしたら良いんだろう?」


題名もジャンルも分からない謎の本…そもそも、物語があるのかすらも分からないのだ。


「コン…待っててね」


とはいえ微塵も諦める気はない、空を睨んで今一度決意を固める。


「……おっ!」


ふと前を見れば、此処に来て初めての俺以外の人物を見つけた。あれは…恐らく女性か?


「お〜い!そこの方〜!」


嬉しくて思わず大手を振りながら彼女へと駆け出した。

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