父と母、息子と義娘⑥

結論から言うと、ウカミの料理はやはり美味しかった。


彼女が作った料理は筑前煮だったが食材の切り口から火の通し加減、味付けに至るまで俺とコンの舌を唸らせた。


日常的に台所を預かるものとして負けていられないな…。


「さて。そろそろお風呂入ってくるね」

「気を付けるのじゃぞ〜」

「ごゆっくり〜」


二人に見送られながら脱衣所へ。洗濯カゴに服を脱ぎ去り、裸一貫お風呂に突入。


入念に頭と体を洗い終えると晩御飯の前に予め溜めてあった浴槽へと体を沈めた。


「あ"ぁ〜…」


ザバァ…と軽くお湯が溢れながら、そのあまりの心地良さについ唸り声のようなものを上げて感嘆する。


肩までしっかり浸かりお湯の圧と熱に包まれる感覚は、何度味わっても至福としか形容できない。


「……」


湯船に首を預け湯気の立ち込める様をぼんやりと眺め物思いに耽る。


いよいよ明日。大社高校は卒業式、俺は18の誕生日を迎える。


今後の人生において忘れらない日になるだろう。


「うっ、あぁ…」


ぐぐぐ…と伸びをすると、持ち上げた腕からポタポタと滴がこぼれ落ちた。


コンと一歩先の関係になることは怖くないし俺自身ももう、欲望と愛情を抑えられない。


でも…優しくしてあげられるかな。我を忘れて力加減を誤り、痛い思いをさせてしまわないだろうか。


「はぁ…」


不安が徐々に湧き上がりそのざわつきを紛らわせようと溜め息を吐く。


溜め息は湯気に混じって消えていくが、俺の心のざわつきは泥のようにこびりついて洗い流されてはくれない。


寝る前や、明日の卒業式が終わったらこっそり調べておこう…愛しいコンを大切にしつつ満足してもらえるように。


ガチャ。


「ん?」

「紳人、一緒にお風呂じゃ!裸の付き合いはたいせつじゃぞ!」

「嫁入り前の大切な体で!?」


そんなことを考えていたら突如、コンが一糸纏わぬ綺麗な肌と可愛い狐の耳と尾を晒しお風呂場へと飛び込んできた。


勿論その手にはタオルなどなく胸も下腹部も隠さないので、慌てて俺は背を向け両手で股間を隠す。


あれ?これ逆じゃない?なんてことを、動作を終えてから気付いた。


しかし、気付いたからと言ってコンが止まってくれるはずもなく。


「何を言う。その嫁入りの相手がお主なのじゃから、何ら問題はなかろうに」

「……確かに」


ひた…と一歩近付くコンの足音。


「更にわしはお主を愛しておるし、お主はわしを愛しておるじゃろう?」

「それも…そうだね」


ひたり…もう一歩近付く足音と、背中に伝わるコンの気配。


「何より…わしらは婚約者、それも将来どころか未来永劫を誓っておる。何処に…ダメな要素があるのじゃ?」

「何処にも、一つも、無い」


ぎゅっ…と後ろから俺の首に華奢な細腕が回され、耳元で色っぽいコンの囁きが耳朶を揺らす。


コンの言うことはどれも正しくて、自分が何に拘って拒もうとしたのか分からなくなっていく。


そして。


「……じゃから、一緒に入ろう?紳人」

「あぁ。俺からもお願い…コン」

「ふふっ♪愛いやつよのぉ」

「ぅえ!?」


最後にちゅっ…とコンが俺の耳にキスをすると、薄れていた意識がハッキリと戻った。


しかし時既に遅く。


その時にはもうコンは軽やかにとぷん…と両足を湯船に浸け、そのまま俺と同じく肩まで沈んでいた。


「……コン」

「わしは何もしておらぬよ。ちょこ〜っとお主の本音を引き出しただけじゃ…やっぱり嫌、か?」

「そんな訳ない!ただ、その…」


そこまで言って言葉が詰まる。


確かに自分でも思うほど、人並外れた日常を送っていると思う。


でもやっぱり俺はまだ高校生で社会を知らない青二才だ。


女の子のことも詳らかに理解できるのは、明日が初めて。


至らないこともあるしすれ違うこともあるだろう。


怖い。それでコンとの距離が少しでも離れてしまうことが。


愛し合っているのに、その想いが重ならない。そんな悲しい想いをコンにさせてしまうと考えると…!


「紳人」

「?」

「良いんじゃよ」

「えっ……」


俯いて拳を握っていた俺に近付き、優しく両手で頬を包み込んで顔を上げさせたコンの顔は…とても温かく、慈愛に満ちた微笑みだった。


「お主が怖いと恐れることも、したいと望むことも。口にすれば良い行動に起こせば良い。


それでわしやお主が傷付くこともあるかも知れぬ、痛い思いも時にはあるじゃろう。


じゃがな、それすらもわしは愛おしく思えると断言する。他ならぬお主がくれるものは…どんなものであれ、大切なのじゃ。


今日まで我慢し大切にわしを愛してくれるようにな」


一言一言ゆっくりと、俺のことを心から想ってくれているその言葉は。


萎縮していた俺の心を解し温めてくれた。


それはやがて激しい熱となり…涙となって溢れ出す。


「コン…俺、君に優しくしてあげられるか…喜んでもらえるか不安で、怖くて…!我を忘れて君に乱暴したらどうしようって!」

「大丈夫…大丈夫じゃ。わしが保証してやる、何せ紳人だけの神様じゃからな」


ボロボロと溢れ出す言葉と涙を、コンはしきりに頷きながら抱きしめ尻尾で背中を撫でながら受け止めてくれた。


ほんの数分もせずに俺は落ち着きを取り戻し暫し穏やかなお風呂を堪能する。


やがてお風呂から上がり二人で出てきた俺たちを、ウカミは何も言わずに微笑んで迎えた。


……時間はゆっくりと、でも確実に過ぎていき。


「「紳人!誕生日、おめでとう!(なのじゃ!)」」

「ありがとう…コン、ウカミ!」


3月9日の月曜日。俺は、18歳の誕生日を迎えるのだった。

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