罪と罰、嘘と誠④

翌日、3月6日の金曜日。


この日は午前中に卒業式の予行演習で午後は会場や校内の設営となった。


「いよいよ来週は卒業式か…あまり先輩と関わりはなかったけれど、如月先輩とテウが離れ離れにならずに済んだのは良かったよ」

「突然恋を叶えてと懇願された時は何事かと思うたがな」


フラワースタンドに小さな植木鉢を並べつつ、コンと雑談に興じる。


俺たちの担当は玄関の飾り付けだ。


三年生の階は当然だけど、最後の思い出として校内を巡る生徒も多いはず。


そんな生徒やご家族の為に飾り付けをするのだとか。


最後の記憶に残るのが華々しい校舎だなんて、この上ない思い出になるだろう。


うんと綺麗に飾り付けてあげたいな…なんて考えながら、次の花は何色を並べようか台車と睨めっこする。


そんな時コンがしゃがみ込んで尾をゆらゆらさせてこんなことを呟いた。


「わしとしては、お主の誕生日じゃという想いの方が断然強いのう」

「そ…そうだね」


コンは此方を見ていないはずなのに何故か見られている気がして、つい視線を逸らしつつ何とか言葉を返す。


目を逸らすのは気まずいからではない。


純粋に、恥ずかしいんだ。


何せ俺が18を迎える誕生日、俺はコンとその…をする約束をしているのだから。


婚前交渉は少し無責任かと思うがその将来の妻たるコンが何より望んでいる。


それを拒むことの方が、夫になる者としての自覚が足りないのだ。


……今度こっそり例のアレを買っておこう。


流石に神様コンとの出来ちゃった婚なんて、ウカミや諸神々から殴られるだけでは済まないと思うし。


トコノメ辺りは爆笑しそうだけど、軽薄な行動は慎むもの…気を付けよう。


「んふ〜」

「わっ…どうしたのコン、近くない?」


いつの間にか至近距離までコンがその顔を近付けていた。


軽く驚くものの、煌めく金色の瞳に魅入られて目線が結ばれたまま囁く。


「そうじゃろうか?まだ遠いと思う、ぞ」


また一歩近づき俺とコンの体がピッタリと密着する。


「身も心も…間もなく一つに重なるのじゃからな♡」

「……」


刹那に艶やかな微笑みと色っぽい声音が意味することを理解し、ボンッ!と羞恥と喜びに頭の中が弾けてしまった。


顔がすごく熱く、耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。


もしかしたら熱さのあまりに耳の穴から湯気が立ち込めているかもしれない。


頭の中では、ありとあらゆる感情と言葉がうねりをあげて暴れ回る。


可愛い愛おしい好きだ愛してる押し倒しても良いのだろうか全くコンはこんなところで何を言うのか誰かに聞かれたら大事だよでも関係ないよね愛し合ってるしいやでも落ち着け俺あああ…!!


「紳人、お〜い紳人よ?」

「……コン」

「気が付いたか」

「うん。ごめん、色々溢れちゃって…」


むにむにとコンの両手に俺の頰が包み込まれ、ハッと我に返った。


あはは…と照れ笑いを浮かべると、コンはそれを目を細めた温かな微笑みで受け止める。


「全く…お主というやつは、妙なところで初心じゃな」

「あぅ、それは…」

「いやいや揶揄っているのでは無い。そんな紳人も愛しておると言いたいのじゃ、わしは」

「!」


ふふ…と大人びた仕草で笑いながら俺を上目遣いで見つめ、頰を赤らめながらも心底幸せとばかりに囁く。


陽の光を受けて仄かに瞬くコンの姿は俺の全てを虜にすることなど、容易かった。


「コン」

「んむ?」


作業に戻ろうとしていたコンが、キョトンとしながら振り返る。


「デートしよう。二人っきりで」

「……!よ、良いのか!?」

「あぁ。縁日では二人きりでデートしたけれど、普通のデートはまだしていなかったもんね」

「〜〜〜!うんとおめかししなければならんの。その為に、手早くこれを終わらせてしまおうではないか!」

「よぉし…頑張るよ!」

「うむぅ!」


堪え切れないと声にならない声をあげ、ブンブンと耳も尻尾も忙しなく動かすコン。


可愛らしいその仕草に思わず笑みを向けてしまいながら、それはそれとして卒業生の門出を祝うためコンと真剣に悩み少しずつ彩っていく。


やがて。


「「完成(じゃ〜)!」


見違えるように華やいだ玄関とその先の開けたスペースを見回し、万歳して完成を喜んだ。


何度も花壇と玄関を行き来して疲れたけどコンと一緒に考え動くことは何よりも尊い時間だった。


「これが、夫婦の共同作業…というやつじゃな♪」

「あぁ…そうだねコン。喜んでくれるだろうか」


午前で帰宅した三年生たちのことを思い浮かべながら、少し不安になって思わず漏らす。


「心配することなどない。こんなにも美しく…そして。


こんなにも幸せなわしらが、想いを込めて彩ったのじゃから」


安らぎを覚えるほど柔らかな声で告げるコンの横顔に、俺はまた深く頷き返すのだった。

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