罪と罰、嘘と誠②

「……お待たせ!はい、二人ともお茶で良かったか?」

「ありがとうございます、平川先輩」

「うんむ。有り難いのう」


あれから数分。ペットボトル2本を抱えて駆け足に平川先輩が校舎裏のベンチにやってきた。


「あれ?もう弁当食べてるのか」


俺とコンの膝上の弁当箱を見て、ちょっと遅くなったかなと申し訳なさそうにする。


「いえ、お腹空いちゃって…ごめんなさい」

「気にしないでくれ。柑ちゃんも、怖い思いしたばかりで美味しく感じられる?」

「大丈夫じゃ、何処かの誰かさんが助けてくれたからのう」

「心配要らなかったみたいだな…」


俺がお茶を受け取り一本をコンに手渡す中で、コンの平然とした様子に彼は微苦笑を溢した。


ふと、そこで気が付く。


「先輩、先輩の分の飲み物はどうしたんです?」

「え?あぁ…しまった、うっかり忘れてたわ」


言われて思い出したようで、頭をポリポリと掻く。


しかしすぐに笑って首を横に振った。


「俺は良いよ。今回はお詫びだし」

「う〜ん…それはそれで、過剰すぎません?」

「良いんだって、俺は昼ごはん食べちゃったし」

「早過ぎですよ!」

「3年生はもう暇に近いんだ。ほれほれ、柑ちゃんも一緒にぐいっと飲みねぇ」


さぁさぁと気前良く促され、手元のペットボトルを見つめる。


……正直、これを飲む気は毛頭無い。


しかしそれでは話が進まない。


なので予めコンと決めていた通りに動くことにした。


まずはコンが蓋を開け、こく…こく…と数口可愛らしくお茶を飲み込む。


続けて俺も蓋を開ける。


カチャリと開いたその手応えは…軽い。


俺たちの予測通りになり嬉しいやら悲しいやらだけど、臆面に出さないように注意しつつお茶を口に含み。


そしてわざとごくり…と音を立て、飲み込んだ。


「ぅ…ぁ…」


軽くフラフラしてベンチにもたれかかり、目を閉じて静止。


「何じゃ、急に…眠く…」


そんな俺の膝の上に寝転がるように、コンも倒れ込んだ。


「……やれやれ、やっと眠ったか。手間をかけやがって。まぁ良い…犠牲になったあいつらの分まで今、楽しませてもらおう」


そして、先程までとは打って変わって粗暴な雰囲気を感じさせる声が聞こえた。


他でもない、平川先輩である。


「起きた時大切な柑ちゃんがあられも無い姿になってたらどんな反応するか…あぁ、たまらない!」


どうして彼がこんな豹変ぶりを見せるのか。


どうして俺たちがそれを事前に察知したのか。


それは先輩と別れた直後、数分前に遡る……。


〜〜〜〜〜


「うむ…わしはまだ、あの平川という奴のことを疑っておる」

「良い人そうに見えたけど…コンが言うならそうなんだよね」

「ありがとうの。じゃが…それなのに彼奴がわしらを助ける理由が分からぬ」


コンが俺の目を見て真剣に告げるので、迷わずにその言葉に頷く。


しかしそうなると一つの疑問が生じる…けれど、よく考えれば思い当たることがあった。


「多分…味方斬りってやつだね」

「味方斬りとな?」

「うん。自分を信用してもらうために、敢えて味方を切り捨てるんだ」

「なるほど…よく考えられた作戦よ。その様子では、根拠もあるのじゃろう?」


階段の方へと歩きながら、不敵に笑うコンにはっきりと頷きを返す。


「単純な話だ。わざわざ助けてくれるような人が、SNSってことさ」

「ふむ、つまり彼奴らがウカミたち教師に捕まるのも織り込み済みとな」

「それはきっと、平川先輩の中だけだろうね」


平川先輩はあの二人の計画を利用したのだ。


自分がするりと懐に入れるように、囮にして。


「……神も人も、形容し難いものは居るものじゃな」

「ごめんよ…こんな人間も居るのが、同じ人間として恥ずかしい」

「お主は何も悪く無い。そういうものもおる、それだけの話じゃからな♪」


俺の頭を尻尾でぽふぽふとコンに撫でられ、ありがとうと言いながら思わず微笑む。


「さて、ひとまずは彼奴じゃ。いつ仕掛けてくるじゃろうな…」

「多分この後だよ」

「ほう?」

「一つの事件が解決した。そう油断しているところが、一番狙い目だからね」


〜〜〜〜〜


「にしても、この睡眠薬…そんな即効性があったんだな」


薄目を開けて見てみると小さな粉が入った小袋を手にしている。


(紳人、行けるな?)

(任せて、コン!)

(うむ…では。頼んだぞっ!)


「フッ…!」

「っ!」

「はぁっ!?」


バッと跳ね起きた俺とコン。


驚いてるその隙に、渾身の力で先輩の手に握られていた小袋を奪取した。


「なっ、おまっ、起き…!」


何でお前ら起きている、と言いたかったのかな。


動揺するあまり呂律が回っていないようだ。


まぁ…策士策に溺れるということである。


正直本当に仕掛けてくるから半信半疑だったけれど、蓋が既に開けられていたことが確信に至らせた。


ぺっ!と排水溝に顔を寄せて吐き捨ててから、袖で口を拭いつつ種明かしをする。


「平川先輩。貴方の手の内は全部バレてたんですよ…残念でしたね」

「お、前ッ!つうかなんでテメェは起きてんだよ!?」


俺の隣で呆れたように佇むコンを、顔を真っ赤にして指差す。


何で?か…それは、たった一つのシンプルな答えだ。


「わしは神じゃからな。人間の薬なぞ効かぬ」

「意味わかんねぇ…くそっ!つうかそれ、返しやがれ!」


しゃにむに俺から薬を奪おうと飛び掛かる先輩。


けれど。その速度も脅威も、アマツにさえ遠く及ばない。


曲がりなりにも神様と比べるのは荷が勝ちすぎるか。


身を屈めてその脇を通り抜け、二度目の飛び掛かりも後ろに体を引いて回避する。


「ちょこまか、ウゼェ!女に囲まれてっからって…調子、乗んなよ!」


徐々に息が上がり苦し紛れの発言を聞き逃しながら、チラリとコンを見るとほんの少し心配の色を浮かべていた。


あの鎖…『魂迷の鎖』を使えば、容易く捕らえられるだろう。


しかし相手は人間、力を使って縛るなんて相当な場合で無ければ許されない。


かと言って黙って見ているのも…というところかな。


でも大丈夫…だって。


「はぁい♪喧嘩はダメですよ〜」

「っ!?」


コンの背後から足音を消したウカミが、ゆっくりと歩み寄っていたから。


目を見開いて慌てて取り繕おうと見回すけれど、最早逃れる術はない。


「お、おい!お前神様なんだろ!?なら俺の願いを叶えてくれよ!」


そしてあろうことか、コンを指差しフラフラと縋るように歩み寄っていくではないか。


「……何か勘違いしておるみたいじゃから、教えてやろう」


ひょいと軽やかに躱し俺の下へ舞い降りると、むぎゅっと首に腕を回しながら強気な笑みでこう仰った。


「わしは紳人こやつの神じゃ。お前が縋り付く神では無い」

「神が人間を選ぶってのかよ!?」

「そうではない、祈る相手が違うと言っておる。まぁ…」


『お願い…もう、やめてよぉ…』


「今祈っているのは、どちらか分からぬがな」


コンが先輩の傍らに目を向けるので、目を凝らしてそこを見る。


そこには。涙を流しながら必死に止めようと首を振る、少女の神様が居た。


「何を…」

「今回だけ、特別ですよ?」


ウカミがくすっと笑ってパン!と一つ柏手を打つ。


「っおあ!?誰だお前、いつからそこに!?」

『え…?私の声、聞こえるの…?』

「お、おう」

『〜〜〜!もうこんなのはやめて!優しかった貴方に戻ってよ…!今年に入るまでは、優しかったじゃない!』


感極まって大粒の涙をボロボロと溢れさせながら、それでも尚必死に訴えかける。


貴方は優しかったのだと、罪を償おうと、私はいつでも貴方の側に居るからと。


またいつ見えなくなってしまうか分からない、そんな儚い時間の中で少しでも多くの言葉を届けるように。


「……俺にも、ずっと見てくれる神様が居たのか」

「平川先輩」

「いや、皆まで言うな。目が覚めたよ…すまなかった。神守、柑ちゃん、そして」

『メノアだよ…』

「メノア。本当に悪かった。宇賀御先生、俺」

「はい。場合によっては少年院もあるでしょう…しっかりと罪を償って、頑張ってください」


ウカミの言葉に頷いた平川先輩は、憑き物が落ちたように穏やかな顔でメノアと共に職員室へと向かっていく。


彼が犯した罪がどれほどのものかは分からないけれど…全ての罪を償えた時、また再び彼の前にメノアは姿を見せるだろう。


「紳人、お疲れ様じゃ」

「ありがとうコン。君も無事だね?」

「勿論じゃよ」


微笑みを浮かべるコンの頭をさわさわと撫でていると、ウカミが目の前に来た。


「紳人さん、コン。危険な目に合わせてごめんなさい…疑わなかったわけではないのですが、まさかこうもすぐ行動に起こすなんて」

「ウカミ…気にするでない、わしも読めなかった。紳人が気付いてくれなければ、今頃わしは危険な目に合わせたと自責の念に駆られておったさ」

「人間はずる賢いからね…二神ふたりが優しいから、気付けなかっただけだよ」


少し落ち込んだ様子を見せるウカミを、俺もコンも笑顔で励ます。


帰ったらまた元気付けてあげよう…プリンの他にも、何かして欲しいことをしてあげるのも良いな。


そんなことを思いながら物的証拠たる薬をウカミに手渡すのだった。

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