第30話

罪と罰、嘘と誠①

『神守紳人ってやつ、羨ましすぎる!』


『いきなり何だ、もうすぐ卒業だってのにグループチャットで』


『どうやらウカミ先生がお姉ちゃんで、あの柑ちゃんとは従兄妹らしい』


『は?出来過ぎだろ。この世の運全部持ってんのか』


『不公平すぎるわ…』


『よって、明日柑ちゃんを俺たちの手でアイツの魔の手から解放しようと思う!』


『正気か?もうあと数日なんだし、下手なことはしない方が良くないか?』


『なぁに、幸せを独り占めしてる奴からちょっと分けてもらうだけだって』


『具体的にはどうすんの?協力してやろうじゃないか』


『サンクス!といっても簡単で、明日の昼休みに-----って訳よ。こんなことされたら向こうは数日トラウマになるだろうし、卒業してしまえば後は知らんぷりしてりゃあどうってことない』


『卒業前の最後のお楽しみって訳か。こりゃ乗らない手はないな、お前はどうすんだ?』


『俺は……やめとく』


『お?ビビってんのか?』


『羨ましいけれど、それなら進学先で新しく探せば良いからな』


『無理強いして先公にチクられても面倒だし、邪魔だけはすんなよ』


『俺たちだけで美味しい思いしてくるわ』


『忠告はしたからな』


『へいへい』


『ありがとさん』


『大丈夫かよ……』


〜〜〜〜〜


「う〜〜む……」

「おはよう御座います、戸高先生。朝からお悩みですか?」

「おぉ宇賀御先生。おはよう御座います、いや何…あの連中が気掛かりでね」

「あの連中…弟くんたちは心配要りませんよ」

「いやいや、何だかんだ彼奴はまともな奴ですから。そういえば宇賀の先生が来てからは、3年の一部男子の悪い噂は聞きませんでしたな」


朝、弟くんやコンと別れて職員室へと向かうと戸高先生がうんうんと唸っていました。


最初はあれこれと可愛がっている弟くんの話かと思いましたが、そうではないご様子。


3年生…確か如月くんという男の子と友人だったはずですが、きっと彼ではありませんね。


「主に色恋沙汰なんですが、気に入った女子に声を掛けては少々強引な手段で迫る…なんて話で。


他にも色々やんちゃしてるようなのですが、証拠が無いので強く言えなかったんです。


それが宇賀御先生と柑のやつが来てからめっきり無くなって…卒業まであと3日、大人しくしてると良いんだが」


最後の方は独り言のように溜め息を吐く姿を眺めながら、脳裏でコンと弟くんのことを思い浮かべます。


二人が狙われるという可能性は大いにありますが…問題ないですね。


寧ろ卒業を前にして、その子たちがトラウマを植え付けられる方が心配ですよ。


「わかりました、私も出来る限り気を付けますね」

「よろしくお願いします」


いざとなれば神として、ッ!と怒るとしましょうか♪


〜〜〜〜〜


「……宇賀御先生が呼んでる?」

「そうそう!柑ちゃんに話があるんだって!」

「何でも1対1で話がしたいとか」


午前の授業を乗り切りコンと一緒にウカミを迎えに行こうとしたら、突如廊下で三年生の先輩たちに声をかけられた。


その内容を聞いた瞬間、反射的にコンを後ろへ庇う。


明らかに嘘である。理由は幾つかあれど…その最もたるのは、必死に隠そうとしているけれど口元がニヤついていることだ。


「分かりました、ありがとうございます。それでは俺たちはこれで」

「いやいやいや、神守くんはお昼食べててよ。俺たちが案内するからさ」

「折角のお昼休み、俺たちに任せとけって!」


間違いなく黒である。


チラリと振り返ると、俺と目が合ったコンもやれやれと肩を竦めた。


付き合ってられないな…いや、逆か。


良いことを思いついた俺は軽く微笑んで見せながら、再度三年生の二人へ断りを入れる。


「いえいえ、それこそ心配には及びません。この後も卒業式の予行でお忙しいでしょうから」

「良いんだって!な?」

「パパッと送るだけだから心配すんなよ!」

「お構いなく〜」


何度言われてもニコニコしながら断り続ける俺に、流石に業を煮やしてきたみたいで段々その顔から余裕が消えていった。


「なぁ、流石に従兄妹だからって過保護すぎじゃね?」

「良い加減一人立ちさせてやれよ、可哀想だろ」

「ふぅむ…」


さて、それなりに人目も集まってきた。あともう一押しってところか。


「しょうがないのう」

「コン」


はぁぁ…と深い溜め息を吐きつつコンがそう呟く。


「おぉ!さっすが柑ちゃんは話が分かるな〜!」

「うむ、全くしょうがない。……皆まで言わねば分からぬとはな」

「あ…?」


片眉を吊り上げてついに声に苛立ちが滲む先輩に、俺の腕に抱きつきながらコンは淡々と言い放った。


「わしらは何と言われようとお前たちの口車に乗るつもりは無い。吐くならもう少しマシな嘘を吐くんじゃな、小童」

「…おい、良い加減にしろよ?」

「ちょっと可愛いからって調子乗りやがって」


あっさりとボロを出し始めた。完全に血が上ったようで、至近距離から俺とコンを交互に睨む。


俺が間に居るので、コンからは離れているけれど。


「先輩こそ良いんですか?これだけの衆人環視の中荒事を起こしたら、言い逃れ出来ませんよ」

「……チッ」


言われて気付いたらしく、辺りを見回すと異様な雰囲気を感じ取った皆が何事かと俺たちの方を見ていた。


未子さんがコンを俺の隣から教室の中へと匿ってくれたので、心置きなく話が出来るというものだ。


「覚えてろよ…ぜってぇ俺たちの…」


流石に分が悪いと踏んだのか、背を向けて去ろうとする先輩たち。


「----俺たちの、何ですか?」

「「!?」」


そんな彼らに立ちはだかるように、笑顔のウカミが現れる。


その隣には、恐らく三年生の男子が並んで立っている。


彼は廊下でも堂々とスマホを手に握っているけれど、それがお咎め無いのはウカミが許可しているからか。


「何で平川が宇賀御先生と…」

「大したことはないんですよ?ただ…ってこのスマホ片手に相談を受けまして」

「ッ!平川てめぇ、売りやがったな!?」

「最低だわお前!」

「俺はちゃんと言ったじゃねぇか。って」


最初は、何が起きているのか分からなかった。


けれどウカミの此方を見て優しく頷く姿に、ひとまず内心胸を撫で下ろし安心する。


会話の流れから察すると、あのスマホにはこの二人の先輩と平川先輩のメッセージのやり取りが残されていたのだ。


その中身は見えないけれど…先輩たちのこの反応、物的証拠となり得るものと見て間違いない。


「さぁて、お二人とも…職員室で先生方がお待ちですよ♪」

「「……」」


ガックリと肩を落とし、意気消沈の二人。


彼らはウキウキで尻尾を揺らすウカミに連れられるまま処刑台という名の職員室へと歩いていく。


一件落着だろうか。


……それにしては、事が起きてからの解決が早すぎる気もする。


まぁウカミのことだ。予め、不穏な動きは察知していたのかもしれない。


「コン、大丈夫?未子さんもありがとうね」

「わしは平気じゃ。本当に感謝するぞ、未子よ」

「ううん。二人は凄いね…私は今でもちょっと手が震えちゃうよ」


未子さんに微笑んだコンが俺の前へとやってくる。


そんな中、微苦笑で震える手を見せる未子さんにクラスの皆が駆け寄ってくれた。


「もうすぐ卒業式だというのに、慌ただしい

一日になったね…」

「全くじゃ」


そんな溜め息をついていると、平川先輩が申し訳なさそうな顔で俺たちに歩み寄る。


「すまない。俺の友人が迷惑をかけた…彼奴らもこれに懲りて、今後の生活でも大人しくするだろう」

「いえ、寧ろ助かりましたよ。貴方がいなかったら、もっと厄介なことになっていたかもしれません」

「……」


頭を下げる先輩に咄嗟に両手を振るとそうか、と少し落ち着いたように顔を上げる。


コンはというと先輩にバレないようにこっそりと俺の前に立った。どうしたのだろう?


「どうだろう、お詫びを兼ねて今日のお昼は俺に奢らせてくれないか。先に校舎裏のベンチで待っていてくれ」

「あ…ごめんなさい、俺たち弁当を持ってきていて」

「なら、飲み物だ。それくらいは受け取ってくれるな?」

「分かりました。校舎裏でお待ちしてますね」

「あぁ!」


人当たりの良さそうな笑みを浮かべて走り去る平川先輩。


食堂前の自販機に向かったのだろう。


「コン、俺たちも行こう」


そう声をかけ、反対の階段を降りようと後ろを向く。


けれどコンはその場から動かない。


「どうしたの?やっぱり怖かった?ごめん、俺もまだまだ…」

「いや、紳人は最高に格好良かった。惚れ直したくらいじゃ」

「ほ、惚れ直したって!嬉しいけど誰かに聞かれたら!」


ババッと周囲を見回すも、皆思い思いの昼休みに戻っておりこの会話も雑踏に紛れて聞こえないみたいだ。


「ふふ…そうじゃな?しかしじゃ。おかしいと思わぬか」

「おかしい…?」


朗らかな笑みで笑ったコンが、ピッと人差し指を立てて俺に問いかける。


けれど彼女の示すところがうまく掴めず頭を悩ませていると、やれやれと言った様子でコンが頭を振った。


「お主はどうやら、人が良すぎるみたいじゃのう…まぁわしがずっと側におるのじゃ。悪い奴に唆される心配はない」

「悪いやつって…もうあの先輩たち二人は」

「まだ残っとるじゃろう」

「それって、まさかそんな!」


漸くコンの言いたいことに思い当たり、目を見開いてしまう。


「うむ…わしはまだ、平川という奴のことを疑っておる」

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