聞こえてくる、日々の声④
「弟くん!喧嘩しましょう!」
「……はい?」
コンとウカミと一緒に帰宅し、部屋着に着替えてから弁当を食べ終えた後。
洗い物を終えた俺に目を爛々とさせながらウカミが前のめりに詰め寄ってきた。
仰る意味が分からず聞き返してしまった俺に、不満がることなく耳をパタパタさせながら再度同じことを口にする。
「喧嘩ですよ、喧嘩!仲の良い兄妹は一度はするものですよ!」
何処でそんな話を聞いたのか…と思ったが、ウカミはコンと同じで耳が良い。
さっきの話を聞いていたんだろう。それでけんかに興味を持った、そんなところかな?
コンの方を横目で見れば、微苦笑しながら肩を竦める。
付き合ってくれぬか、と言っているようだ。
まぁ俺も喧嘩を時として容認するような発言もしたし、それでウカミが喜ぶなら謹んでお受けしよう。
「えっと…どうすれば良い?」
「ありがとうございます♪私が話しかけますので、自然体で反応してください」
「うん。分かったよ」
ウカミがこれ見よがしにコホンと咳払いをすると、不意にぷくっと小さく頬を膨らませて腰に手を当てた。
「弟くん!」
「はい弟です」
「お姉ちゃんは怒っています!何でか分かりますか?」
「いや、分からないかな…」
「もう!弟くんってば、もう!」
グイグイと俺の胸板を押して何か文句を言いたそうにするものの、その表情とは裏腹に尻尾はルンルンと忙しなく揺れ動いている。
コンとしたこともあまり無いのかもしれない。
何だかんだ言いながら、
俺も…満更でも無い程度には、楽しい。
「何だよ姉さん、ちゃんと言ってくれないと分からないよ」
「!全く、しょうがないんだから弟くんってば」
「しょうがないって何だよぉ」
ちょっぴり生意気な弟っぽく反応すると、パァッと顔を明るくする。
腕を組んでそれっぽく見せながらの可愛らしい姉に、つい口元が緩んでしまいながら返すとどうやら今回の喧嘩の原因を話してくれた。
「弟くんはもう少しお姉ちゃんを頼ってもいいと思うんです!」
随分と微笑ましい喧嘩だ。というかこれ、ウカミの本心だよね?
「弟としては、姉さんの方にこそ頼ってもらえると嬉しいものだよ」
「むぅ〜!」
「ふぅ〜む!」
「……のう、それは喧嘩と言えるかのぉ?」
確かに、これではただお互い頼ってほしいだけで喧嘩というより痴話喧嘩に近い。
コンがくすくすと笑いながらそう言うので、キョトンと目を丸くするウカミ。
きっと俺も似たような顔をしていたのだろう、じわじわとおかしさが込み上げ…俺たちは堪え切れずに暫しの間笑い合った。
「ふふっ…こういう喧嘩なら、大歓迎ですね」
「次はわしと紳人でやるか?」
「俺とコンの場合、犬も食わないかな」
「それもそうか…食えんやつめ」
他愛ない軽口にケラケラとまた笑う。
一度スイッチが入ると、些細なことでも面白く感じてしまうのだから厄介だ。
「人と神が喧嘩というのも、可笑しな話じゃがな」
「私たちがもっと人間と密接だった頃はそんなこともありましたよ?」
「正に隣人であり隣神だったってことだね」
「懐かしいです…またやりましょう!」
「次はわしも混ぜるのじゃ!」
「はいはい、また今度ね」
すっかり"家族"らしくなったなと思いながら、早速次の喧嘩はどんなものにするかを考えるコンとウカミを俺は穏やかな気持ちで眺める。
俺とコンは守護神に守られる守護者と守護神の関係から、恋人になり婚約者となるまでに至った。
結婚するのも、高校卒業と同時にすぐだろう。きっと、俺もコンもそれ以上は待てないから。
あと、俺とウカミも殆ど知り合い程度の関係から保護者代わりとなり、姉弟になった。
この先俺とコンをずっと側で見守り、三人一緒に暮らしていく確信めいた予感がある。
けれど。仲良くなったのは俺と神様たちだけじゃない。
コンとウカミもまた、仲を深めたと俺は思っている。
遠慮だとか、神様としてのらしさや距離感だとか。
そんなしがらみに苛まれ、あと一歩踏み出せていなかったのではなかろうか。
それが此方に来て漸く素直に話せるようになって、俺とコンの蟠りも溶けて…ずっとウカミは俺たちを支えてくれていた。
コンたちは無意識かもしれないけれど、あの日プリンを盗み食いされて怒っていた時とは比べ物にならないくらいその距離は縮まっている。
「……家族って、良いな」
今夜、父さんたちにメッセージでも送ってみようかな。
そんなことを思いながら俺の独り言が聞こえたらしい二神に手招きされて、仕方ない感じを装って一緒に談笑を始めるのだった。
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