聞こえてくる、日々の声③
「この後どうしようか」
「ウカミが来るまで暇じゃからのう…」
午前の授業も足早に終わり、教師であるウカミを待つまでの間。
俺とコンは教室の隅で一つの机を囲んで座っていた。
作ってきた弁当を食べても良いが、折角ならお家でゆっくり三人一緒に食べたいところである。
「……お?紳人、柑ちゃん。何やってんだ?こっくりさんか?」
「悟。そういう訳じゃないよ、姉さんを待っているんだ。それに…」
「それに?」
「いや、何でもない」
?と不思議そうにする悟を前に、つい面白くてコンと目を合わせて笑ってしまう。
お呼びだてするまでもなくお狐様なら此処にいるのだから。
この上なく可愛くて、とびっきりの神様がね。
「ま、良いがね。にしてもお前たち…ほんっとうに仲良いよな」
「そりゃあ…」
「従兄妹じゃからな」
「従兄妹、か」
「?」
含み笑いを浮かべて俺とコンを見る悟に、今度は俺たちが疑問を抱く番だった。
「にしては、しねぇよな。アレ」
「アレとな」
「あぁ。
喧嘩だよ、喧嘩」
喧嘩って…あの喧嘩?他に無いだろうけど、それがどうしたのだろうか。
そんな俺の疑問が顔に出ていたようで二の句を悟は紡ぐ。
「普通いつも一緒に居たら、喧嘩の一つでもするものじゃないか?」
「ふむ…」
確かに一理あるだろう。思えばコンと出会ってからこれまで、喧嘩という喧嘩をしていない。
コンも思うところがあったらしい、顎に手を当てて何かを考え込んでいる。
ふと、此方を上目遣いで見るコンと目が合った。
それだけで嬉しそうに目を細めて微笑むコンに俺は見惚れ…同時に、己の中で答えを見つける。
きっとこれは…コンも、同じ気持ちだ。
言葉を交わしていないのにそんな確信を胸に俺は悟へ向き直った。
「君の言うことも一理あると思うよ、悟」
「だろ」
「でもそれだけが全てじゃないとも思う」
「…というと?」
茶化すつもりも戯けているつもりもなく、素直に分からないのだと訊ね返す。
そんな悟に少し楽しくなり一度頷いてから俺の伝えたいことを口にした。
「喧嘩って、言いたいこととかしてほしいこととか。相手に求めてることと違うことをされたり、すれ違いが重なって起きるものでしょ?
後は反発したり、嫌だなって気持ちが抑えきれなくなったり。
そうして本当に思っていたことや心にもないことをぶつけ合って、暫く歪み合うこともあれば落ち着いて謝り合って仲直りして。
そういう積み重ねがより深い絆を作る…だから、喧嘩しないのは言いたいことも言えないような遠慮し合う距離感だ…悟はこう言いたいんじゃないかな?」
「いや、まぁ…そうなんだけど面と向かって言われると恥ずいな…」
小恥ずかしそうに頰をかきながら目線を逸らす悟に、尚も俺は語りかける。
「でもさ、俺はこうも思うんだよ。喧嘩するだけが仲良くなる唯一の方法じゃないって」
「!」
「もし普段から伝えたい言葉を口にしていたら、して欲しいことを素直に言えたら、言う前にしてもらえたら。
不平不満なんて吹き飛んでしまうくらい大切だって思えるなら。
この上なく幸せだよね、傷付けずに優しい気持ちで仲良くなっていけるんだもの」
それにと内心で一人呟く。
それに、俺が喧嘩が全てじゃないと思うのにはもう一つ理由がある。
俺と両親のことだ。
俺は一人で勝手に距離を置いていたけれど、二人はどれだけ時が経っても俺のことを大切に考えてくれていた。
時間は残酷なだけじゃなくて、助けてくれる時もある。仲良くなる方法は、一つじゃないんだ。
勿論、喧嘩が絶対要らないというのも間違いだけれどね。喧嘩することでしか解決できない時もある。
「「……」」
「あれ?」
気が付けば悟どころかコンさえも、鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くしていた。
そのまま無言で視線を合わせる二人。深い意味はないのだろうが、こっそり嫉妬する。
「いやぁ……紳人、お前さぁ…」
「うん」
「やはり高校生は嘘じゃろ…?」
「誠ですが!?」
嘘から出た誠でもない。
「というか二人してどういう意味さ!」
「すまんすまん、バカにするつもりはなかったんだが。流石に同い年の口から出た言葉とは思えねぇよ…しかもお前は見えないだろうけど、顔が仏様みたいだったぞ」
「酸いも甘いも味わった老年のように穏やかで、わしも聞き入ってしもうた」
「褒めてる…のかなぁ?」
ははぁ〜と戯れに両手を合わして拝まれ、それがこそばゆくなってやめてくれと頼んだら腹を抱えて笑い始めたではないか。
最初は膨れて見せた俺も、次第に釣られ吹き出すようにして声を上げて笑ってしまった。
「何か良いことでもありましたか?」
暫くして教室へ現れたウカミも、ふふっと楽しげに笑っていた。
あぁ…幸せだ。
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