穏やかな日々、騒がしく④
「カナメ、ちょっといいかな」
「おっ。何だ?お菓子でもくれるのか?」
「まぁ似たようなものだね。付いてきて欲しい…とっても、貴重なお菓子だから」
「へぇ……」
コンと教室へ戻ると、何食わぬ顔でクラスメイトと談笑するカナメの姿があった。
はやる気持ちを抑えながら声をかけると、一瞬目を見開いてから何処か楽しそうにニヤリと笑い立ち上がる。
「どんなお菓子なんだろうな」
〜〜〜〜〜
「時間が無い。手短に話すよ」
近くの空き教室まで連れて行き、しっかりと鍵をかけ教壇前のスペースで俺たちとカナメは対峙した。
未子さんが報告に行ってくれてるとはいえ、今はまだ一応授業中だし帰りのHRも残っている。
加えて此処の使用許可なんて取っていないので、出来る限り早く話を付けなければ。
「あれ?お菓子じゃないの?」
「そんなものあるわけなかろう…早々に正体を表した方が良いぞ、カナメよ」
「……ま、それもそっか。あーあ、バレるの結構早かったな〜」
後ろ頭で手を組んで急に少年じみた仕草をするカナメ。
これ以上はぐらかすつもりはない、ということだろう。
チラリとコンが横目に見てくるので、頷いてからカナメを見据えて訊ねた。
「君は神様、だろう?どうしていきなり紛れ込むようなことを…」
「だって其奴もそうしてるじゃんか!だからオレも真似しただけだよ!」
「む?わしはそんなことしとらんぞ?」
「えっ。でもあんなに…」
「あぁ、身分を偽ってはいるけどそういうことはしてないよ。先月転入って形で入ってきたんだ」
何故か急に慌てたような素振りを見せ始めるカナメに、俺もコンも疑問符を浮かべるばかり。
「えっと。カナメ、君が此処に来た理由って?」
「それは!寂しかったから…しかも、同じ神なのにその…柑は楽しそうにしてたから」
「じゃから羨ましくて、ということか」
こくん、と頷くカナメ。
…どうやら少し警戒しすぎていたのかもしれない。
話してみれば寂しがり屋の、ただの幼い神様だ。
「俺たちで良ければ協力するよ。まぁ、この時期だから三年生になる時に転入するのが丁度いいかな?」
「ほ、本当か!?」
「うん。だから、皆にこれ以上影響が出る前に認識を歪めるのを…」
「---いえ、どうやら皆さんに悪影響があるのはその力ではないようです」
「「!?」」
突然響いた声に振り向けば、そこには鍵のかかった扉を開けたウカミが真剣な顔で立っているではないか。
「ウカミ、それはどういうことじゃ?」
コンもその雰囲気を感じ取ったらしい。
少し低くなった声音で気になる発言を拾い上げ、ウカミに問い掛ける。
「その前に一つだけはっきりさせたいのですが…カナメ、貴方は何の神様ですか?」
「オレ?オレは時計の付喪神だよ」
「付喪神…」
不意にマノトのことを思い出す。彼は、あの旅館の付喪神だったな。
内心で懐かしさを感じていた俺を他所に、視線を落としてやはり…と小さく呟くウカミ。
そんな彼女が再び顔を上げるとその口から衝撃の事実を言い放った。
「コン、紳人、そしてカナメ。私たちは今…3回目の3月3日に居ます」
「…ふむ、つまりわしらは今日を」
「ループしているってことだね?」
「流石ですね…動揺しないなんて」
「多少はしているよ。でも」
考えてみれば、今の俺の認識の中ではカナメに会うのは今日が初めての筈だ。
けれど俺とコンはその名前を聞いた途端、声も姿形もはっきりと分かった。
初めて会うはずなのに、鮮明に記憶に蘇る。
これはウカミの言うループの証明に他ならない。
ウカミが明言してくれたおかげで、かえってスッキリしたくらいだ。
「オレはループだなんて、そんなことしてないぞ!?」
「えぇ、わざとではないのでしょう。けれど時計という日常的なものの付喪神たるカナメが、人間の中に紛れ込もうとした。
時計は馴染み深いもの、紛れ込む力を使うことも容易かったはず。
けれど、その結果。時計としての一面も強く出てしまったのでしょう。馴染み過ぎた結果、より強く発現してしまった…ということです」
「なるほどのう。この学校の時計はアナログかつ日付表記がない代物、つまり時間を繰り返すばかりというわけじゃな」
もし、カナメが憑いた時計がデジタル時計や日付表記のあるものだったら。
紛れ込んだとしてもバレることなく、俺たちさえ気付かなかったかもしれない。
でもカナメは、シンプルなアナログ時計の付喪神。
知らず知らずに、望んだものとは違う力も出てしまったんだ。
「もし、このまま日暮を迎えたら…日没と共に人々は自分の時間と世界の時間のズレに耐えきれず、自壊しかねません」
「そんな!オレの、せいで…!?」
「……大丈夫だよ、カナメ」
「紳人…?」
「このままだったら、でしょう?」
流石に付き合いが(俺の中では)長いから分かる。
ウカミがこうして最悪の場合を話すということは、然るべき対処の仕方を知っているということ。
なら何故こんな不安を煽るような言い回しをするのか。それは当然、
「ふふっ…やっぱり弟くんは賢いです。その通りです、こう言っておかないと次はやらないって反省に結び付きませんからね♪」
怖がらせてごめんなさい、と小さく頭を下げるウカミ。安堵のあまり泣き出しそうになるカナメと、微笑ましそうに目を細めるコン。
三者三様な神様を見て、随分と俺の日常も様変わりしたものだと思う。
来年度もまた楽しくなるんだろうな…と思いながら、堪えきれず涙を溢し始めたカナメについ微苦笑が漏れ、そっと抱きしめた。
「ウカミ。反省してるみたいだし、どうしたら良いか教えてあげて?」
「ふふっ…いいでしょう。といっても、簡単なんです」
「そうなの?」
「うむ。ただ力を解除してやれば良い、さすれば明日には何事も無かったように元通りになっておるじゃろう」
「正解です♪」
ふんすっ、と可愛らしく鼻を鳴らして胸を張るコン。
相変わらず可愛いその姿に癒されながら、腕の中のカナメがすっと泣き止んで顔を上げた。
「コン、ウカミ、紳人。ごめんなさい…」
「良いんだよカナメ。悪気は無かったんだから」
「ありがとう…!紳兄大好き!」
「はははこやつめ」
「コン、笑ってない。目が笑ってないから…流石に今回だけは譲ってあげて?家に帰ったら、寝るまで抱きしめているから」
「むぅ…良かろう、特別じゃぞ」
「ありがとうコン、ウカミも」
「どういたしまして」
……その後、カナメが力を解除して今回の騒動は幕を閉じた。
コンと抱きしめ合いながら眠りに落ちる直前、カチッと時計の針が動き出すような音がしたのは…きっと、気のせいだろう。
〜〜〜〜〜
「ん、うぅ〜」
重たい瞼を何とか開き、チラリとスマホの画面を起こす。
今は…3月4日の05:00。起きるには少し早いな。
「むにゃむにゃ…」
寝言でむにゃむにゃを本当に聞く日が来るとは。
思わず笑ってしまいながら、可愛らしいコンの寝顔を眺めていたけれど。
俺の腕の中にすっぽりと収まるその優しい熱に誘われ、俺はまた…背徳の二度寝へと落ちていくのだった。
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