穏やかな日々、騒がしく③
今日の午後は、校内外の清掃時間だ。
俺とコンが所属する班は学校周辺の清掃の担当になっている。
なので、竹箒片手にコンと校外へ歩いているんだけど…。
何故だろうか。強烈な既視感が、頭から離れない。
「ねぇコン。何だかさ…上手く言えないんだけれど、これって前にもなかった?」
「紳人もか、わしもなんじゃよ。どうにも違和感が拭えぬ」
思わず校門の前で足を止めてまで俺とコンは向かい合う。
天気は晴れ。
少しだけ肌寒い微風。
舞い散る木の葉。
そのどれもが、見たことがある気がしてならないのだ。
「何もおかしなことなんてない。ないけれど、だからこそ気持ち悪いと思うんだ…おかしくなっちゃったのかな」
「気をしっかり持て!大丈夫じゃ、わしにもその歯車がズレたような感覚はある」
「ありがとう。コンのことは、何があっても信じられるよ」
「ふふっ…わしも、紳人のことを疑うことありはせぬ」
確かに頷き合い、俺の心は決まった。
間違いなく何かがおかしい。確信を抱いたのなら、後はその原因を探すだけ。
「ひとまず掃除をしよう。流石にほっぽり出す訳にもいかないからね」
「うむ!折角じゃ、どちらが多く集められるか競おうではないか」
「ほほう。俺が勝ったら?」
「キスしてやろう」
「君が勝ったら」
「キスして欲しいのじゃ」
「乗った!!」
「では行くぞぉ!」
「お〜!!」
こうして、意気揚々と俺たちは掃除を開始した。
この勝負、負けられない…!男として良いところを見せなければ!
〜〜〜〜〜
「何だか楽しそうだね〜」
「うん、全くだ」
片っ端から手間暇を惜しまずに掃除していく二人を、遠巻きに眺める者たちがいた。
一人は鳥伊未子。二人の事情を知る唯一の人間と言ってもいい、良き理解者たるクラスメイト。
そして、もう一人。
今日はまだ出会っていないはずの、小柄なクラスメイトの男子。
その口元は楽しげに緩み、新しい玩具を見つけたように瞳はキラキラと輝いている。
「それじゃあ、僕はちょっと先生に用事があるから!」
「え?うん…行ってらっしゃい。でも、誰先生に?」
「あの先生だよ!」
「あ、ちょっとカナメくん!」
ブンブンと無邪気に手を振りながら、颯爽と駆けていくカナメと呼ばれた少年に戸惑いつつも彼女は声を飛ばした。
「前を見ないと危ないよ〜!」
遠くで「大丈夫〜!」と聞こえた気がして、しょうがないなとばかりに肩を竦め。
「あれ?」
そして気付いた。
「……カナメくんって、いつからうちのクラスに居たんだっけ?」
〜〜〜〜〜
「俺の勝ちだね、コン!」
「くぅ〜!悔しいのう、悔しいのう!」
結論から言うと、掃除勝負は俺の勝ちだった。
というより…何故か、俺の方にコンがゴミを誤って掃いてしまったり偶然、別の箇所から戻ってきた俺の通り道にゴミが集められたりしたのである。
勿論、コンも落ち葉やゴミなどをそれなりの量集めていたけれど。
俺の手元に集まったものは、僅かにそれらより多かった。
つまり、勝負は俺の勝ちとなったわけで。
「さて…褒美をやらねばな」
「え!?ここで!?」
「当たり前じゃろう。ほれ、じっとせい」
「流石にここは誰かに見られるって…!」
しゃらんと橙色の髪を靡かせ、耳と尾をくゆらせたコンが頰を赤くしつつ魅惑的な微笑みで俺の首に腕を回す。
しかし、今いるのは校門前ではないにせよ学校の周囲。誰に見られてしまうか分かったものではない。
だから慌てて両手を顔の前で見せ、待ったをかけようとするのだが…。
「わしのキスは…要らぬか?」
「絶対に要る」
コンが寂しげに瞳を潤ませ、その小さなてのひらで両頬を包まれながら囁かれては迷わず両手をコンの腰に回すしかなかった。
「では、目を閉じておくれ。時にはそう言うのも…良かろう?」
「分かった」
言われるがまま静かに目を閉じる。
少しずつ、コンの甘い吐息と仄かな花の香りが漂い…やがて唇が一つに…!
「む?」
「え?」
「…あ、バレちゃった」
なることはなかった。残念でならない。
目を開けるとコンが明後日の方向を向いているので釣られて見れば、そこには物陰に隠れて此方を覗く未子さんの姿があった。
「なっあっ、未子さん!?」
「お気になさらず!ささ、続きをどうぞ♪」
「出来ないよ!」
「ざぁんねん…」
名残惜しげに体を離し、コンと並んで立つ。
「未子よ。此処にいるということは、其方の範囲は終わったようじゃな?」
「うん!だから呼びに来たら…二人がキスしそうだったので」
「やれやれ。ま、良かろう。お疲れ様じゃ」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
未子さんはコンが神様であることを知っている為、俺たちだけしかいない時はコンに対して敬語だ。
使い分けが上手いなぁ…と思いつつ、暫し二人の会話を微笑ましい気持ちで眺める。
ふと、何か足りないと思った。
「あ、そっか」
「「?」」
「未子さん。俺たちの班って四人だよね?」
「うん、そうだよ。私たちと、カナメくん」
「カナメ…」
「先生に用事があるって校舎に向かったまま、帰って来なかったなあ。お腹痛くなっちゃったとか?」
カナメ。その名前を聞いた瞬間、カチリ…と脳裏でピースがハマるような感覚がした。
或いは、時計の針が時を刻む音か。
「紳人」
「コン…」
コンの瞳が、重大なことに気付いたように見開かれる。
俺と同じものをコンも感じていたらしい。
一度頷いてから、俺は未子さんに聞くことにした。
「未子さん。そのカナメって、どんな人?」
「え?そうだね…少し背が可愛くて、明るい良い人だよ」
「ありがとう、じゃあもう一つ。カナメは…いつから俺たちのクラスに居るんだっけ?」
「それ、は…」
ハッとしたように息を呑んだ未子さんは、少し考え込むように腕を組む。
「それは勿論、一年の頃から…あれ?でも確か去年は…でも、カナメくんは…うぅ、頭が…!」
「未子さん」「未子よ」
暗い顔で頭を抱える未子さんに危機感を覚え、咄嗟に止めた時コンと声が重なった。
此処は俺よりもコンの方が的確だろう。
口を閉ざすとコンが優しく微笑んで、未子さんの肩に手を置いて語りかけた。
「それ以上考えなくて良い。彼奴は彼奴、変なことを聞いてすまなんだ」
「ううん…私の方こそ、ごめんなさい。でも何でだろう…?」
「なぁに、わしと紳人に任せておけ。のう?」
「あぁ!大丈夫、未子さんは先生に終わりましたって報告してくれるかな?」
「…うん!それじゃあ、また後でね」
少し力ない微笑みを残し、未子さんは学校の方へと消えていく。
「コン、カナメって…」
「うむ。まず間違いなく---神であろうな」
自ずと、其処へと視線が向けられた。
その何処かにいるであろう神様、カナメを探すかのように…俺たちの校舎へと。
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