穏やかな日々、騒がしく②

「うぅ…3月に入っても、まだ春の足音は遠いねぇ」

「何じゃ紳人。人肌が恋しいならそうと…」

「コン待って?お願いだから踏みとどまって!ここ外だから!」

「外じゃなければ良いのかの?」

「誰かに見られるくらいならね…」


3月3日になった今日だが、2月もかくやという冷たさの風が吹き抜け身を震わせる。


そんな時、いきなりコンが衣服に手をかけ脱ごうとし始めた。


俺はそれを慌てて制止して、コンはくすくすと笑う。


今日の午後はお昼から校内外の掃除を行うことになっていて、俺とコンの所属する班は学校の周囲の掃除である。


「紳人く〜ん!そっちは終わった〜?」

「うん、バッチリだよ。未子さんたちは?」

「私たちも終わったね、

「カナメ…?」


未子さんが聞き慣れない名前を呼びながら、後ろを振り向いた。


「あぁ!パパパ〜っと終わらせたな!」


そんな彼女の後ろから現れたのは、高校生にしてはやや身長が小さい…150cm程の男子だった。


髪は茶色で、肌もやや色白。あまり派手な見た目ではないけれど同じクラスにいたら印象には残るタイプだ。


けれど…何故だろう。俺の記憶には、彼は存在していない。


「えっと、君は?」

「えぇ!?紳人くん!?」

「すまぬ。わしも分からんのじゃが…」

「柑ちゃんまで!」

「あはは、いいよいいよ。僕は昔から顔を覚えてもらうのに時間がかかるのさ」


びっくり仰天とばかりに目を丸くして驚く未子さんだが、当のカナメと呼ばれた本人はあっけからんとしている。


「も〜そういう問題かなぁ?カナメくんももっと覚えてもらうアピールしなくっちゃ!」

「明日から頑張る!」

「今日からだよ!?」


何てことない日常だと笑い合うカナメと未子さん。


何故かは分からないけれど、それがどうしようもなく歪なものに見えて。


俺は…心がざわつくのをひしひしと感じていた。


〜〜〜〜〜


「……」


あれから、ほうかごになるまで殆どの時間コンと一緒にカナメを観察していたけれど。


クラスの皆は当たり前とばかりに接していた。


口を揃えてカナメと自然に呼んでいるから、合わせてそれっぽく振る舞ってるわけでもないと思う。


でも、俺もコンも幾ら記憶の糸を手繰り寄せてもカナメなる人物に心当たりはない。


「う〜ん、私も彼には覚えがないですね…」

「やはりウカミも知らぬか」


帰り際にチラリとカナメを見た我が姉ことウカミも、首を振って記憶にないと否定する。


「誰にも気付かれず、かつ自然に紛れ込めるような存在…」

「……神様しかいないよね」


本当に多種多様な神様がいるなぁ。


「じゃがわしらとは違い、最初から居たように振る舞いそう思わせるとは。あまり大きな影響は出ておらんから強くは言えんが…」

「しかし継続的に力を振るっているとなれば、今は良くても今後どのような影響が出るか分かりません。一度注意は促しておいた方が良いでしょう」


コンとウカミの会話に、ふと心音親子の一件を思い出す。


あの時も守護神同士が力を振るった結果、曲がった形での憑依となりあわや親子の心に傷を残すところだった。


神様は万能ではないし、そう簡単に願いを叶えることはしない。


つまり、本来は力を振るうことを制限しているのだ。


それが日常的に振るわれるとなると…何処かで綻びが生じてもおかしくない、ということみたい。


「恐らく、今朝の段階で既にクラスの一員になっていたのでしょう。けれど気付けなかったのは…」

「あの騒動で、うまく紛れ込まれてしまったようじゃな」


ウカミが頰に手を当て、コンは腕を組んで頭を悩ませる。


少し空気が重たくなる。けれど、そう重く考えなくても良いんじゃないかな?


「でも記憶に無いってことは、まだあのカナメが来て間もないってことじゃない?早いうちに気付けたのは幸いだよ」

「…うむ、確かにの。紳人の言う通りじゃ。明日早速行動しようぞ、ウカミ!」

「……」

「ウカミ?」

「えっ、えぇそうですね!早いうちが良いのは確かですから…!」


少し集中していたのか、神妙な面持ちで考え込んでいたウカミ。


コンの声で我に返ったようで慌ててぎこちなく微笑みながら頷いて見せた。


「何か、気になることが?」

「それは、」

「わしも聞かせてほしい。歯切れの悪いウカミは珍しいから、すぐに分かる」

「……流石はお二人です。あまり気にしても仕方がないかとは思うのですが」


何処か嬉しそうに力を抜いたウカミが、耳を立てて凛とした顔つきになりながら再度口を開く。


「何故カナメは、お二人に接触したのでしょう?折角力を、『神通力』を使ってまでとけこもうとしているのに。まるで私たち3人を試すように」

「それもそうじゃな。しかもご丁寧にわしらのクラスへとは、大胆にも程がある」

「コンたちが神様だって気付かなかった、とか」

「いえ…相手が神であれば、私たちの狐の耳と尻尾は見えるでしょう」

「となると、やっぱりわざと…?」


どうにもカナメの動きは腑に落ちない。


紛れ込む理由も、俺たちと顔を合わせた理由も。


「明日直接聞くしかないかな」

「はい、それが良さそうです。慎重にですよ」

「任せておれ。わしと紳人がバッチリ解決して見せようではないか!」

「あぁ!」


腹を決めてしっかり頷き、その話は終わった。


その後は3人並んでソファに座り、あれやこれやと雑談したり何なりと気ままに過ごし就寝。


寝入りは、昨日と同じでスッとしたものだった。


〜〜〜〜〜


「ふふっ…♪コンの寝相はいつも面白いですね、今日も弟くんの顔に股を押し付けているなんて」

「わざとではない、わざとではないのじゃ!仕方なかろう!?」

「起きたら視界が真っ白だった…」


身支度を整えながら、日常風景となっている朝の会話に興じる。


コンの寝相は相変わらずで直らないかもしれない。…直って欲しいかは、明言を控えておく。


思い出して良くないハッスルをしないよう、深呼吸して気分を落ち着けながらデジタルの時計を見る。


今日は33。午後は校外の清掃だ、あまり寒くならないと良いけど。


コンとウカミに俺の温かい羽織を着せ、俺自身は軽く寒さに震えながら3人揃って「行ってきます」と家に声をかけ外へと踏み出した。

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