第27話

神の悪戯、神に悪戯①

3月2日、月曜日。


1週間後に迫った卒業式に向けて少しずつ動き始める時期になった。


例に漏れず我が2-Aクラスも3年生を無事見送るため、卒業式の練習が始まるんだけど。


「3年生は兎も角、俺たち2年生はあまりやることねぇよなぁ」


朝のHR前、教室の一角に集まると悟がそうボヤいた。


そう。俺たち在校生がすることといえば静かに校長先生や来賓の方々の話を聞き、卒業証書を受け取った卒業生と互いに送歌し合うくらいなのだ。


メインとなるのは会場の設営やら校内清掃など下準備である。


なので、午前中は普通に授業で午後から卒業式関連というカリキュラム。


「授業かぁ…億劫だよ」

「田村くんも紳人くんも、朝からお疲れさんだね。ほらほら!元気出してっ」


未子さんが可愛らしく手を握り、ファイトっと応援する。


悟はそれだけで笑顔になり、よぉし!とやる気満々で自分の席へと向かっていった。


俺はというと…。


「そうじゃぞ紳人!帰ったら存分に労ってやるのじゃ」

「ありがとう、コン。凄く元気が出てきたよ」


コンが俺を元気付けてくれたのでそれだけで癒され、体に力が入るような気分になる。


ふわふわと揺れるその耳と尻尾が俺だけしか見えないのは、残念だけど同時に幸せだ。


「うーん……」

「む?」


コンの耳と尻尾の動きを目で追っていると、コンの方をじっと見つめて未子さんが唸っていることに気付く。


コンがどうしたのか、と言いたげに小首を傾げるとカクンッと落ち込むように俯いて俺とコンだけに聞こえる声で呟いた。


「駄目だ…やっぱり見えない。コンさんには狐さんの耳と尻尾があるんだよね?」

「あぁ。そうだよ、綺麗な橙色の耳と尻尾だ」


髪色と同じ毛色なので、普通の狐とはまた違った感じだけどね。


「私も見えたらな〜」

「ふふっ…残念じゃが、この耳と尻尾は仮に見えるものであってもわしら神以外には紳人しか見えんよ」

「「そうなの!?」」

「お主は知っておるじゃろ…」


改めて聞いて、つい驚いてしまった。


「そっかぁ、それならしょうがないよね。うんうんしょうがない」

「紳人くん嬉しそうだね〜?」

「はっはっは。良ければ800字程度にまとめて感想を書いてこようか」

「そこまで丹念に触られると、流石にわしも恥ずかしいのじゃ…」


むぎゅっと尻尾を抱きしめてチラリと半分顔を覗かせるコン。


可愛い、愛おしい、結婚したい!


その潤む金色の瞳は勿論、艶めく髪も余すことなく見つめていたい…!


「ご、ごめん。冗談が過ぎたね…」

「良い…気にするな」

「んふふ〜」


ハッと我に返り思わず顔を背けると、こくんっと小さくコンが頷いた。


何だか小恥ずかしくなり口元を手で隠したところで、未子さんがニヨニヨと俺たちを見比べる。


「未子さん、どうしたの?」

「いえいえ。お構いなく〜♪寧ろもっとイチャイチャして欲しいなぁって」

「い、イチャイチャじゃと!?」


コンが顔を真っ赤にしてあわあわと狼狽える。


両手が忙しなく動き、行き場をなくしているのは本当に慌てている証拠だ。


『そうだそうだ、我々には構わず存分に青い春を謳歌するが良い』

「トコノメぇ…!!」


そんな未子さんの背後で思い切りニヤけるトコノメ。


巫女服の彼女が腕を組んで高みの見物をする様に、思わず口を出して呻いてしまう。


「え?トコノメさん居るの?」

「あっいやっまぁ…」


キョロキョロと自身の背後を振り返る未子さん。


しかし、どれほど探そうとトコノメと視線が合うことはない。


その姿をコンと並んで見つめつつ、ふと思い返す。


……昨日、『神隔世』から帰る前にトコノメに聞いてみたんだ。


未子さんに会わなくても良いのか、と。


そしたら少し考える素振りを見せて彼女はこう返した。


『その内、我の方から頼むとしよう。毎日ふとした瞬間に我を探そうとする姿が面白いのだ』


だから今はまだ、このままで良い。


「……神様の悪戯、ってやつかな」

「悪戯好きの神というのも厄介じゃのう」


そんな軽口を叩きながら、こっそりコンの方を横目で見て君とウカミは俺を揶揄って遊ぶのが好きだけどね…と思った。


勿論そんなことは言わないし、この声は聞こえていないだろう。


けれどパチリとコンと見つめ合い、楽しげにクスッと微笑んだ時…俺の心すら、この神様の手のひらで転がされているのかもしれない。


なんてことを、思うのだった。

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