巡る星、求めるは誰②

ウカミに冷蔵庫から門を開いてもらい、時折ギギギと軋む音のする頭ながらにコンたちと一緒にそれをくぐる。


全然久しぶりという感覚がしない『神隔世』の大地を踏み締めつつ、こんなにホイホイ人間が訪れても良いのかな…と思った。


「まぁ気にせんでも良かろう。アマ様も歓迎してくれておるし、何よりお主はわしの未来の旦那様じゃからな!」


とは、気になって質問した俺に無邪気に笑いかけてくれたコンの言葉。


高天原の中を練り歩くこと暫し。親しみのある気配のする一軒の家屋に辿り着く。


「ウカミ、此処が?」

「はい。トコノメさんの領域です」

「随分趣深いのう…わしは好きじゃぞ」


「ほう、お気に召したのなら何よりだ」


並んで戸口に立って雑談していると、向こうの方からガラッと玄関を開けて姿を見せた。


「やぁトコノメ。約束通り、プリン届けに来たよ」

「うむ。ご苦労…甘い茶でも出してやろう、入るが良い」

「「「は〜い」」」


全員で間延びした返事をすると、全く…とトコノメは微苦笑を見せる。


ひらりと長い髪を翻して中へ入っていく彼女に付いてウカミ、コンと続き最後に俺が入って戸を閉めた。


「……」


瞬間。世界はその形を変える。


外から見ればただの一軒家にしか見えなかったのに、いざ入ってみれば豪華な日本家屋の内装だった。


中と外の縮尺が全く合わない。


アマ様だけなのかと思ったが、どうやら神様の領域全てに言える事象みたいだ。


そういえば、コンやウカミの領域はどんなところなのだろう?


天岩戸のように庭園風かな、それとも此処のようにザ•御屋敷風かな。


今度此方に来る時は案内してもらいたい。


そんなことを思いながら、仄かに木の匂いの漂う穏やかな空気を味わって廊下を進んでいく。


「あれ?トコノメ、急に押しかけておいて何だけど」

「どうした?」

「未子さんのことは見ていなくても大丈夫?」

「あぁ。彼奴は今風呂に入ってるよ」

「そ、そっか」


……いや、想像してないよ?決して、頭からお湯を被って湯気の向こうに浮かぶシルエットなんて。


「因みに嘘だ」

「嘘かよ!!」

「想像したか?」

「…ノーコメントだ」


してません!誓ってしてません!だからコンもウカミもぐりんっと此方を振り向かないでください!


怖いから、物凄く怖いから!


「くはは…♪」


ただで上げてくれる訳ではないらしい。


肝が冷えたが、洗礼ということで受け止めよう。


忘れがちだけど。俺は人間で、コンたちは皆神様なのだから。


「ほれ、此処だ。今し方注いだばかりでな、十分温かいだろう」

「んむ?何じゃ、わしらが来るのが分かっておったのか」

「あぁ。小僧であれば余裕を持って朝方から来るであろうと思うてな」

「…当たりだ」


案内された居間にあるちゃぶ台を囲んで座りながら、その真ん中に手荷物であるプリンを置く。


完全に俺の思考が読まれてるのに笑ってしまいながら頷き、手元の湯呑みを持ち上げズズッ…と中身を啜った。


「美味しい…!」

「うむ!スッと呑めるな!」

「それでいて後味も風味が良くて…これ、どうしたんです?貴女が此処までお茶を美味しく淹れられるなんて」

友神ゆうじんに茶葉に精通した奴が居るのさ。今度紹介してやろう」


それは有難い。美味しいお茶を日常的に飲めれば、日々の彩りを増すこと請け合いである。


お茶好きの神様かぁ…あまり聞かないからこそ、どんな神物か楽しみだ。


「はい、これが約束のプリン。スプーンも用意したよ」

「気が利くな、我の給仕係でもやるか?」

「いやぁそれは…」

「生憎じゃが此奴は未来永劫わしの夫になるのが決まっておる!諦めるんじゃな!」

「弟くんが欲しかったら、まずは姉である私を倒してからです!」

「……という訳でして」

「冗談のつもりだったが…面白い奴らよ」


ずいっと身を乗り出して俺とトコノメの間に割り込む二神ふたりに、トコノメが愉快だとばかりに肩を揺らす。


その場に座り直すと、神々はそそくさとプリンを食べようと容器の蓋を開ける。


机の上から残りのプリンを下ろして俺を食べようと自分のやつにスプーンを入れた。


「紳人。食べさせておくれ…♪」

「しょうがないなぁ…はい、あ〜ん」

「あ〜」


たまらないとばかりに尾を揺らして舌鼓を打つウカミと、フッと珍しく柔らかな顔つきで味わうトコノメ。


そんな彼女らを他所に隣に寄ったコンが、自らの小さな口を開けてプリンをおねだりしてきた。


可愛らしいので容易く負けてしまい、そのまま掬ったプリンをコンの口の前まで運ぶ。


そして今、その口に俺のプリンが…


「----あむっ」

「へ?」


食べられた。但し、その相手はコンではなく。


「ん〜♪これが紳人の作ったプリンか、確かに病みつきになるのう!」

「紳人さん!私、私の分はありますよね!?」

「はい…用意してますけど…。


何で…俺が此処に居るんです?」


瞬きするよりも早い刹那の内に、俺はトコノメの領域からアマ様の『天岩戸』へと瞬間移動していた。

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