月明かり、黄泉繋ぎ①

「……」


ふと、目が覚めた。隣のコンはきゅっと丸まっており、俺の腕を枕にしている。


カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされて煌めく髪は、幻想的に美しい。


二度寝しようかとも思ったけどスッキリ目が冴えてしまっている。


仕方がないので、ゆっくりとコンの頭の下から腕を引いて枕に乗せた。


そのまま布団を出ようとするも俺の服の裾をコンが摘んでいたらしく、ピンと引っ張られたことでそれに気付く。


「大丈夫。俺は君の夫だから」


だからいつでもそばにいる。


暗にそう囁くと寝入りながらも聞こえたようだ。徐々に力が抜けていき、やがてスッと離される。


2度、3度とコンの頭を撫でるとふにゃりと可愛らしい表情になった。


そっと体を離し、音を立てないよう慎重に寝室からリビングへ。


カラカラ…と僅かに響かせてベランダへ出る。もうすぐ3月だが、変わらず夜は冷え込た空気に包まれている。


握っていたスマホのスリープを解除し、俺とコンとウカミの3人で撮った写真のロック画面を解除して時間を確認。


午前2時。丑三つ時と呼ばれる時間だ。


「ふぅ…」


しんとした空気を肺に入れながら、一息吐く。


丑三つ時と言えば何か出ると言われているけど…以前であれば、信じなかったなぁ。


二神ふたりの神様と同じ屋根の下暮らしているのだ。彼女たちを信じずして、何を信じられようか。


しかし丑三つ時に出会う神様かぁ…いや、必ずしも出会うと決まったわけじゃない。


「眠るか…」


フッと笑いながらベランダから室内へ戻る。


「ん?」


その直前だった。キラリ、と月が光った…ような気がした。


いや、月は新月の日以外はいつも輝いている。けど今不自然に瞬いたような…?


「……ん〜?」


目の上に手を置き集中すると、ポツリと一点黒点が浮かんできた。


それはドンドンと大きさを増し…一点に此方へ飛来する、『女の子』なのだと判明する。


「って嘘ぉ!?」


勢いこそ大したことはないが、このままでは窓に激突して家も彼女も被害を受けてしまう。


かくなる上は!


「親方、月から女の子がぁ!」


お決まりの台詞を叫びながら、思い切りジャンプ。黒色のドレスに身を包んだ彼女はパチリと目を開けて…。


「おっと」

「んぶっ」


お尻から、俺の顔面に飛び込んできた。


更に勢いがそこで止まってしまい、俺はベランダにどさっと仰向けに倒れ込む。


「ごめんねぇ、ボクって外に出るのは久しぶりだからさ。着地の仕方忘れちゃってたよ、受け止めてくれてありがとう紳人」


久しぶりとはどういうことか、それはそれとして怪我は無いか。色々言いたいことはあったのだが。


「ムゴムゴ」

「あぁ、ごめんごめん!今退くよ」


とりあえず動ける?という願いが通じ、俺の顔は仄かな重みから解放される。


後頭部を軽くさすりながら立ち上がり、目の前で佇む女の子を見た。


----月のように薄い金色の髪、夜空のように深い黒と不思議な煌めきを秘めた瞳。えくぼは白い肌に映えて、唇は綺麗な桜色。


ボディラインは真っ黒のオフショルダードレスも相まって、今まで見てきたどの神よりも人形のように細い。


雰囲気もコンやウカミが太陽とするなら、まるで彼女は静かに浮かぶ月のように儚い----


カツ…とミニヒールの踵を鳴らして俺に向き直った彼女は、俺の内なる疑問に答えるように流麗な笑顔を浮かべて口を開いた。


「ボクはツクヨミ、ヨミって呼んでいいよ」

「ツクヨミ…いやヨミさん」

「敬語はいらないかな。あまり堅苦しいのは得意じゃなくって」

「じゃあヨミ。俺は」

「神守紳人、だろ?」


ツクヨミことヨミは、ドヤ顔で俺の顔をビシッと指差してはっきりと俺の名前を言った。


やはり彼女は、俺を知っている。因みに背丈はヒールのお陰が俺よりほんの少しだけ下だ。


「へぇ。驚いた、てっきり動揺するかと思ってたんだけど」

「生憎と毎日驚きの連続で…ちょっと耐性が付いたのかな」

「それもそっか、毎日楽しそうだもん。慣れってのもあるよね」

「ずっと見てたよ〜君が『神隔世』に行った時からね。人間が来たって大騒ぎだったんだから、今でもだけど」


まぁ、そりゃあ普通はあり得ないことだしね。人間が『神隔世』にいるなんて。


今度アマ様に会ったら騒ぎになるから今後は控えるように言わないとな…。


「ん?待って…ということは、ヨミは向こうから来たの?」

「ちょっと違うな。君の言う向こうは『神隔世』でしょ、ボクが来たのは」


バッとスカートを軽く翻しながら悠然と指差した先は…大きく輝く、月。


「あの世…『黄泉』からさ」

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