月明かり、黄泉繋ぎ②
「ボクが来たのはあの世、『黄泉』からさ」
ハッキリと輝く月を指差して隣の俺を見つめるヨミ。それが意味することは恐らく…、
「月が、『黄泉』とこの世を繋ぐ門になるってことかな?」
そういえば彼女の真名のツクヨミにも黄泉の文字はある。
漢字に起こせば月詠が本来の字だけど、音が同じなら言い換えてもおかしくはないだろう。
その手の文献では、ツクヨミの記述はかなり少ない。更に、文献次第で納めている土地が変わるのだから間違いというものはない。
それらの中で、ツクヨミは『月』或いは『黄泉』を静かに納め見守っている。
結論として、ヨミが言うことに嘘はないようだ。
「……君、ちょっと肝が据わりすぎじゃない?此処は『何を言ってるんだ?』とか『そんなバカな…』とか言うところだと思うよ」
「ご、ごめん…」
「良いよ。話が早くて助かるし」
両手を腰に当てて軽く呆れた様な表情をされ、慌てて謝ってしまう。
ひらひらと両手を広げて気にしないでという仕草をしたヨミは、こほんとわざとらしく咳払いをして話題を切り替えた。
「さて、自己紹介はこれくらいにして本題に入ろう。ボクが此処に来たのはね…ズバリ!」
ずいっと顔を突き出され、その顔の近さに軽く仰け反る。
よく見ればその瞳の煌めきは星々の瞬きに見えて、宝石みたいで美しい。
「何で太陽たるアマテラスに挨拶したのに、月たるこのボクに挨拶しに来ないのさ!」
「……へ?」
自分の胸元に手を当てて怒って見せるヨミに、思わず俺は目を丸くして固まってしまった。
「あ!わざわざそのために〜って顔してるね!?」
「正解です…」
少し素直に反応しすぎたようで、頬を膨らませてプンプンとヨミの怒りを買うことに。
「大切なことなんだよ!君は言ってしまえば、婚姻前にお母さんに挨拶したのにお父さんに挨拶しなかったようなものなんだからね!」
「な、なるほど…ということはヨミはおとk」
「『黄泉』で一生可愛がってあげようか?」
「誠に申し訳ございませんでした、是非ご挨拶に伺いたいです」
「よろしい」
最近忘れていた死の恐怖を思い出した。
しかも『黄泉』の主神が拳を握り直々に脅すのだ、褒められたばかりの肝が冷えるなんてものではない。
怖い。物凄く怖い。心臓を鷲掴みにされたようで、足が竦む…!これが神様の威厳ってやつか!
反射的にその場で土下座するとヨミがうんうんと頷く気配。どうやら許しを得られみたいだ。
「それじゃあ今から行こうか♪」
「え?」
「さ、ボクの手を握って」
「待ってよ、コンとウカミも…」
「ほらほら早くっ」
「俺の話を!」
「レッツゴー!」
「聞いてよおぉぉぉ……!」
俺は有無を言わさぬヨミに左手を掴まれ、音もなく浮かび上がれば吸い込まれるように月へ一直線に引っ張られていく。
立派な拉致である。しかし、神様に人間の尺度で問うのも少々野暮かもしれない。
それに…。
「まぁ…いっか」
多分コンとウカミなら異変に気付いて追いかけてくれるだろうし、まだ状況を理解しているだけアマ様の時より優しいと言える。
アマ様…大丈夫かな。ちゃんと仕事、出来ているんだろうか?コトさんの苦労を思うと…頑張って欲しい。
〜〜〜〜〜
「くしゅんっ!」
「あ、見つけましたよアマ様!昨日からお仕事溜まってるんですからね!?」
「ええいぬかったわ!毎日神々の視察やら治安維持、まつろわぬ神の捜索に神同士の婚姻…休みが無いではないか!」
「神様に休みなんてありませんよ」
「ブラックじゃあ!うわぁん助けておくれ紳人ォ!」
「紳人さんが来るわけ無いでしょう!?…いえ、もしかしたらあるかも」
「じゃろう?」
「はい。何せ…」
「紳人じゃからな」「紳人さんですから」
〜〜〜〜〜
「へくちっ!」
「わぁ可愛いくしゃみ、やっぱり寒い?」
「あぁ…誰か噂してるのかもね。風邪じゃないから大丈夫だよ」
不自然なくしゃみに襲われながら、体に異常はないので笑って誤魔化す。
半ば強引に連れ出してはいても、此方のことを気にしてくれるヨミは良い子だ。
いや神様だけど。
パジャマで冬空を連れられてはいるものの、寒さは薄い。月と黄泉を司る彼女のまわりは、冷たさを感じないでいられるのかもしれない。
そんなことを思った。後でゆっくり、話をしてみよう。
「さて、この先が『黄泉』だよ。準備は良い?」
「此処は…海?」
気が付けば、俺とヨミは夜の海の上に居た。
水面には月がくっきりと映っている。まるでそこだけ、夜空が切り取られたかのように。
「流石にボクも何の制限もなしに世界を行き来することは出来なくてね。アマテラスたちと違って、ボクは月が映っているところでないと門を開けないんだよ」
「なるほど…納得だ。準備なんて今出来るのは心のくらいだし、俺はいつでも!」
「了解!それじゃ、『黄泉』の世界へご案内〜!」
フォッと落ちるように水面の月へ吸い込まれていきながら、もしかしてこの海辺の名前は黄泉比良坂かも?なんて呑気なことを考える。
やがて、足からとぷんと沈むと其処は水の中…ではなく。
蒼い月明かりが世界に差し込み、海から入ったはずなのに見上げた空には満天の星空と月が眩く浮かんでいる。
遠くには紅蓮に燃える何かが見えるが、ヨミに手を引かれるままに降り立った其処は何とれっきとした街だ。
行き交う人々は白いモヤのようになっており、時折輪郭を取り戻してはまたモヤとなる。
「驚いたな…『黄泉』にも街があるなんて」
「お?漸くビックリしたね〜、初めて君に人間らしさを感じるよ。此処は夜の
バッと仰々しく両手を広げて見せたヨミは、にひっと無邪気に笑うのだった。
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