それもまた、日常なれば②
「弟くん」
「はい?」
「お姉ちゃんは悲しいです…」
「何で!?午前中配られた教科は全部赤点回避してたよ!?」
午前中のテスト返却を終え、お昼休み。
コンとウカミと一緒に中庭で俺が作った弁当を食べ進めていると、パクッと卵焼きを頬張り飲み込んだウカミが箸を止めた。
またしても悲しげに呟き頰へ手を当てる仕草に、つい声を上げてしまう。
「わしも紳人も、30点を下回った教科は無いはずじゃが?」
小さな冷凍ハンバーグを咥え、美味しそうにもぐもぐとしていたコンがそれを飲み込んで補足する。
そう、今日の午前に配られた教科は国語、数学、家庭科、歴史。
国語は言わずもがな95点、数学は45点、家庭科は80点、歴史は85点と得意な教科と不得意教科が目に見えて分かる結果だ。
1番の鬼門だった数学も平均点といかずとも、赤点を見事回避して見せたので勉強会様々だろう。
ウカミ、コン、未子さん。3人に何かお礼をしたいなと考えていたのだが…。
「赤点が無かったら、補習を受けてくれないではありませんか…」
「良いことだよ?寧ろ姉なら喜んで??」
「でもでも!弟くんなら、特別授業…してあげますよ?」
「特別、授業…!」
魅惑の響きに思わず喉を鳴らす。
視線がウカミの紅い瞳や綺麗な髪、そしてそのもふもふの尻尾やお胸に視線が吸い寄せられていく。
特別授業…それはつまり、所謂個人授ぎょ「紳人、抜き打ちで道徳の授業じゃ。わしという者がいながら、他の女子に鼻の下を伸ばした男は…どうするべきかの?」
「は、ははは…道徳ならちゃんと、話し合うべきじゃないかな…」
迫り来る殺気、もふもふに優しく包まれる頭部。
こんなにも気持ち良くて温かいのに、それが意味することは、死の宣告。
「答えは…お仕置きじゃ!たわけ!」
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
ギリギリギリ…骨が軋む音が脳内に響き渡る中、意識が落ちる寸前に手加減しているため安易に逃れることができない。
コンのお仕置きの練度が上がっている…あがががが!
「そんなに特別授業して欲しいなら、言ってくれればわしがしてやる!お主が望むことを、な、何でも…」
むぎゅっと背中からコンに抱き締められ、この上なく惹かれる一言を頂戴した。
その声から恥じらっているのが伝わり、もじもじと小さく身動ぐのが体に擦られてはっきりと伝わる。
が、それに比例して恐らくは無意識に尻尾が頭を締め付ける力が増していく。
「こ、コン…助けて…」
「じゃがその…『夜伽』に関するようなことは恥ずかしいゆえ、家に帰ってからの…?」
凄く可愛い。もし此処が家だったら、ウカミに見られているのにも関わらず襲いかかっていただろう。
けれど此処は中庭のベンチ。そして命の瀬戸際だ。
このままじゃ、また彼岸を渡りかねない…!
「姉さん…助けてください…」
「では、補習出てくれますか?鳥伊さんからお話は聞いているでしょう?」
「ッ、全部…手のひらの上かぁ…!」
補習の担当がウカミという未子さんの話、コンと俺を焚き付けるような発言と仕草。
それらは全て…この状況を作り出し、俺に補習を受けさせるため!
「大丈夫です、弟くんは国語の補習だけ出てくれたら良いですよ♪手取り足取り教えてあげますから」
「紳人…わしは、わしはお主がどうしてもというなら…!」
前門の神、後門の神。八方塞がりである。
あぁ…段々走馬灯が見え…。
……サァァァ----。
「あら、雨…?」
「んむ?じゃが濡れておらん…これは」
「あなた達…どうしたらそんな状況になるのよ」
濡れない雨。覚えがあるそれは…人払いの結界。こんな芸当が出来るのは…今のところ1人だけ。
「やぁテウ。こんにちは、如月先輩とは仲良くしているかい?」
「こんにちは、紳人。お陰で順風満帆よ…それより私としては貴方の方が心配だわ。貴方、りんごの芯みたいな頭になってるわよ?」
外から見るとそう見えていたのか。
どちらかと言うと、輪ゴムで大量に締められているスイカに近いかもしれない。
「す、すまぬ!此処まで強くするつもりはなかったのじゃ…今回は」
「いつもは確実に仕留めるつもりなんだね…」
申し訳なさそうに尻尾を離すコンに微苦笑しながら、頭の形が無事に戻っているのを確認してテウの顔を見る。
「今日は彼が家族とお出かけしていてね。今回は家族水入らずということで暇だったから、お礼を言いに来たわ。
改めて、本当にありがとう。あなた達が助けてくれたお陰で私は願いを成就させることが出来た」
ぺこりと頭を下げるテウ。
しゅるりと長い竜の尾が揺れるのを目で追いながら、くすっと思わず笑みが溢れる。
「テウの力になれたなら良かったよ。コンと一緒に頑張った甲斐があった」
「弟くん、偉い偉いです♪」
「あっ!ずるいぞウカミ!わしもやるのじゃ!」
左右から頭を撫でられ、少し恥ずかしいながらも嬉しくて顔が熱くなりつつも大人しく撫で受ける。
「……可愛らしいわね、紳人。私も撫でてあげようかしら?」
「むぐぅ…」
「ん〜たまらんのじゃあ!」
「お姉ちゃんも、えいっ」
「あなた達…本当の家族見たいね。妬けちゃうわ」
左右から抱き締められて、当たる胸に良くない気を起こさぬよう内心で般若心経を唱える。
その最中でやれやれと肩を竦めて俺たちを見るテウの慈愛に満ちた眼差しに、ただ静かに見守られていた。
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