触れたくて、重ねたくて④

『どうして、こんなことに…』

『ふむ…』


桃色を基調とした部屋の中。そこには、2人の男の神が半透明に浮かんでいる。


1人は見た目は高校生前後だが、その実しっかり神らしい年月は存在している神フツギ。


片や成人男性のような出で立ちで、腕を組んで悲嘆する彼を見守る神ホオバ。


何故、どうしてと繰り返すフツギをホオバは笑うことも叱咜することも出来ない。


ホオバも知らなかったのだ。『神を見ることのできない者に無理矢理接触しようとするとどうなるのか』を。


ホオバはフツギの倍を生きている。


しかし、誕生した時から厳格であったが為にルール違反や誰もしたことが無いことをしたことがなかった。


だからこそ今回の件を最初は反対していた。それでもフツギの想いに、その願いに触れて見てみたかったのかもしれない。


自分の心のままに、行動するのを。


それがあのような結果を招いたことに責任を感じ、自分の守護者たる心音嗣流の所へ戻らずにこの場で見守っているのだろう。


『真奈…僕はただ』

「----君とお話ししたかった、かな?」

『!?』


突如開かれた心音真奈の部屋の扉。其処には…見知らぬ男子と笑みを滲ませた狐の神が立っていた。


〜〜〜〜〜


『お前たち、いつから…!気配なんてしなかったぞ!?』

「そりゃそうじゃ。わしが気取られぬよう、隠したからの」


やはりあの時、まじないと真奈ちゃんたちに誤魔化していたこれには意味があったのだ。


神様から気付かれないようにするものと言ったところで彼女らには伝わらなかったはず。


だからあの時、詳細を伏せた。


コンの手際の良さに舌を巻きつつ部屋へと入り2人の神様と対峙する。


「もしわしらの接近に気付かれ雲隠れされては厄介ゆえ、こうさせてもらったんじゃよ」

『……まぁこの際、それは良い。神とその守護者がわざわざ何をしに来た?しかも僕らが見えるみたいだし』


見た目は俺よりも若そうだけど、間違いなく倍以上は存在しているだろう神様が俺たちを睨め付ける。


当然の反応だよね。向こうからしたら、俺たちは突然の来訪者な訳だし。


とはいえ、こうも警戒されっぱなしというのも居心地が悪い。


事情を説明するため、俺は口火を切った。


「俺は神守紳人、近所の高校生です。そして彼女は俺の守護神のコン、今回此方へ来たのは…此処の家主心音嗣流さんが暴走した原因を突き止めるためです」

『……』


固く口を閉ざして彼らは俺を見ていたが、少年の神様がピクリと頰をヒクつかせる。


恐らく此方が嗣流さんに憑いていた神様だ。


ということは、この神様が嗣流さんの守護神なのか…?


「なるほどのぅ。よく分かった」

「え?分かったって、それは?」

「この騒動の流れがじゃ。今から説明しても良いが…その前に一つずつ、聞きたいことと話すべきことがある。名を聞かせてもらえんか?」

『ふん。お前たちに教えることなんて…』

『フツギよ…そう邪険にするな。今回の一件、彼らが居なければもっと大事になっていたのだから』

『むぅ…分かったよ、ホオバ』


頬を膨らませつつもおとなしくなるフツギ。


ホオバと呼ばれ古風な着物を纏う彼は、良き教育係を担っているんだ。


「フツギにホオバか…では次は此方じゃ。今回此処へ来た最もたる理由は、単なる好奇心でも犯人探しでもない。


真相を究明し、彼奴らにもう安心して良いと伝えるためじゃ」

『……』


毅然と振る舞うコンに、2人は一度顔を見合わせ再度向き直る。


話してみろと言いたいらしい。


こくりと視線に頷いたコンは、軽く身振り手振りを交えながら話し始めた。


「今回の騒動の発端はフツギ、お前の真奈と話したいという純粋な願いからじゃった。


しかし、『神隔世』の門を開けねば此方に来て話すことは出来ない。


そこでこう考えた、とな。


本来は守護神がそれを許さぬじゃろうが…真奈の守護神たるフツギと、嗣流の守護神たるホオバ。


2人が協力するとなれば、その限りではない。神を招く神と、人に入ろうとする神…出来ぬ筈はなかったろう」

「…けれど、それは成功とは言えなかった?」


横から覗き込むように俺が呟くと、「うむ」と俺の目を見て頷きそして伏せた。


「簡単な話じゃ。ただの人間が、神に耐えられるはずが無い。


分かりやすく言えば…人という電池を正しく、そして其処に神という電池を逆に入れるという認識じゃな。


本来あり得ない繋ぎ方をされた人側は無理矢理充電させられ、やがて…溶ける」


だから暴走し、真奈ちゃんに襲いかかりそれをコンが追い出すことで解決した。誤った電池を外すように。


「後はお前たちも知っての通り。違うかの?」

『……こんなつもりじゃ、なかった』

「フツギ…」


フツギが悔しそうに拳を握り、顔を逸らす。その歯痒さは…何となく分かる気がした。


俺にはフツギの声もその悔しさもハッキリと

伝わるのに、真奈ちゃんには何一つ伝わらない。


ただ何となく、触れてみたかっただけなんだ。真奈ちゃんと目を合わせ言葉を交わしたかった。


こんなにも近くにいるのに、こんなにも声が聞こえるのに。


どれだけ寄り添っても交わることはない。


神様も万能じゃないから。神様は、物言わぬ人形じゃないから。


寂しいと思う気持ちは…きっと、人間よりも深く。


「やれやれ。しょうがないのう…」

『え?』


肩を竦めてかぶりを振るコンに、フツギが思わず顔を上げる。


「紳人、お主が良ければわしらの口から此奴の気持ちを伝えてやらぬか」

「あぁ…あぁ、良いよ!大賛成だ!」


信じてもらえるか分からないけれど精一杯伝えたい。


俺には聞こえて、見えているのだから。


『汝らは…私たちを罰しに来たわけではないのか?』

「無論、彼奴らがそれを望むならそうしよう。その仕事はわしではなくウカミじゃがな。判断を仰ぐのは…心音親子次第で良いじゃろうて」


コンが今までの雰囲気から一変、いつもの柔和なものになる。


それにフツギは勿論のこと、まさかのホオバまで安堵した様子を見せたではないか。


『何だよぉ…このタイミングで来たから、てっきり何かされるのかと思ったじゃんか〜!』

「ごめん、真奈ちゃんたちも真相が気になってると思っていきなり来ちゃったんだ」

『まぁ良いではないか。お前の言葉も、しっかり伝えてくれるようだからな』


此処に来て初めて笑顔を見せる2人に、俺とコンも頬を弛緩させて笑う。


「じゃが、次は無いと思えよ!仏は三度まで許すがウカミはそういうところ、しっかりしておるからな」


……コンの場合はプリンを盗み食いしたからじゃない?


とは、言えなかった。折角コンがばっちり決めているのに水を刺す必要もない。


「さぁ行こう、真奈ちゃんたちに本当のことを…(ガチャッ」


「「あっ……」」

「あぇ?」


扉を開けると、そこでは嗣流さんと真奈ちゃんが中腰になって立っていた。盗み聞きされていたらしい。


……これは伝わったってことでも、良いかな?


〜〜〜〜〜


「ありがとうございました!助けてくれただけじゃなくて、何が起きてたのかも教えてくれて…」

「教えたかは怪しいところだけど…信じてもらえて良かったよ」


お昼ご飯をご馳走になり、暫し俺やコンを通しての神との交流。


自分で言うのも何だが怪しさ満点だったかとは思うが、真奈ちゃんたちは信じてくれたので良かった。


今は夕暮れ、先ほど出会った公園まで戻ってきたところである。


真奈ちゃんはその見送りだ。


「えっと…コンちゃんは、本当に神様なの?」

「うむ、此奴のれっきとした神様じゃ。会った時も言うておったろ?『自分の神様』と」

「嘘じゃなかったんですね…疑ってごめんなさい」

「いやいや、信じろって方が難しいから気にしないで」


ただの神様じゃなくて狐の耳と尻尾もあるんだけど…内緒にしておくかな。


見えないモフモフを教えられても、生殺しだろうしね!


「ふふっ、それもそうじゃな…。では帰るか、紳人よ」

「そうしよう、コン。じゃあ真奈ちゃん、お父さんたちと仲良くね」


真奈ちゃんに手を振って家路を辿ろうと背を向けた。


「あ、あの!」

「ん?」


その背中を呼び止められて、半身振り返る。


「高校に入ったら…よろしくお願いしますね。お兄さん!」

「真奈ちゃん…あぁ、待ってるよ」


夕陽に照らされてはにかむ真奈ちゃんの笑顔は、年相応に明るいものだった。


「……そういえば、わしらも何か忘れておらんか?」

「そうだっけ?言われてみれば確かに…何だったかな」

「まぁ大したことではなかろう。帰って早うプリンを食べるのじゃ!」

「あっちょっと!今日は俺も一口食べさせてよ!」


小走りで駆け出したコンの尻尾を追うように、俺も走り出す。


少し童心に戻った気がして楽しい家路となった。










「……それで?お2人だけご飯をご馳走になって、満足して帰ってきたと」

「「……はい、そうです」」


玄関先で2人揃って正座して、笑顔で尻尾を壁に軽く叩きつけて怒りを露わにするウカミ様にこってりと叱られるのだった。


因みに、今日のプリンは抜きだった。

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