第19話

触れたくて、重ねたくて①

激動の1日を終え、翌日の三連休最終日。


俺たちはクメトリと別れ早々に帰宅することにした。


「ちょっと寂しいけど…また何処かで会えたら良いね!何ならあたしから会いに行くから〜!」


軽く手を振るマノトの横で、フリルのスカートを揺らしながら大振りで手を振りつつ見送られ、名残惜しくも『仰慕ケ窟』を後にする。


「思いがけない再会だったね」

「うむ。元気そうで良かったのじゃ」

「私もマノトに挨拶出来ましたし、ホッとしました」


帰りのバスの中で、3人並んで小さな声で思い出話に花を咲かせる。


行きと同じように和気藹々としていたけど、時折コンが首から下げる玩具の指輪を見て恥ずかしくも嬉しい気持ちが込み上げる。


俺とコンの関係は、恋人から婚約者になった。


その変化が、今後の俺たちに何をもたらすのかはまだ分からないけれど。


「春休みは『神隔世』に来るが良いぞ!今度は向こうをじっくり案内しようではないか」

「それは良いですね、是非そうしてください弟くん」

「何だかんだで前回も慌ただしかったからね…お呼ばれされようかな」


難しく考えず、今はただ楽しむことにしよう。先はまだまだ長いのだから。


〜〜〜〜〜


「ハッ、ハッ、ハッ…!」


スニーカーがアスファルトを蹴る音を響かせて少女は必死に駆ける。


ひたすらに前だけを見て、背後に迫る狂気から逃れれる為に。


「真奈、真奈…ッ」

…お願い、やめて!」


薄暗い路地裏を抜けて住宅街へ飛び出す。

一瞬だけ後ろを振り返った少女は、その視界に追手の姿を見た。


追手の正体、それは彼女がいつも仲良くする父親だった。


今日も母親が家事をして待つ愛しの我が家へと帰る最中だったのに、少女が寒気を感じた直後突然父親は袋を落とし襲いかかってきたのである。


訳も分からぬまま逃げ惑う少女は声が恐怖で掠れているが、尚も必死に説得を試みている。


優しい父がこんなことをすると信じたくないから、言葉に出来ないが何かがおかしいと心が訴えかけてくるから。


「誰か、誰か助けて…!」


少しでも時間を稼ぐため目についた公園を少女は横切った。


〜〜〜〜〜


「それじゃあ、ちょっとお昼の買い出し行ってくるね」

「行ってくるのじゃ!」

「はい、行ってらっしゃい〜」


あれから暫く。


無事に我が家へと辿り着いた俺たちは荷解きを終え、ひとまずその日のお昼を調達するためにコンと2人で買い物へ。


ウカミはマノトの様子や近況報告を兼ねて、一度『神隔世』へ戻るそうだ。


恐らくアマ様へ報告するのだろう…多分婚約のことまで報告するはず、またに会う覚悟をしておくか…。


「向こうも良いが、やはり慣れた此方の空気も良いものじゃな〜」

「そうだねぇ。落ち着く感じがして、俺も好きだよ」


お昼前の長閑な住宅街をコンと、手を繋いで歩く。


掌から伝わる幸せを感じながら談笑していると…ふといつもの公園から、コンと殆ど背の変わらない少女が必死の形相で走ってきた。


それだけならランニングかな?と思ったけど、その後ろから男性がおかしな雰囲気で迫っているから何か起きていると直感する。


「コン!この子を頼む!」

「あい分かった!」

「えっ!?お、お兄さんたち誰…?」

「今はそれよりお前の身の安全じゃ!」


少女をコンに任せ、俺は迫り来る男性の前に立ちはだかった。


けれど男性はまるで俺が見えていないかのように、少女へ手を伸ばす。


何とか宥めようとドンッ!とそれなりの衝撃を受けながらも、辛うじて押さえることに成功する。


「真奈…ッ!」


プロレスでタックルするように押し返そうとするものの、流石に高校生では男性の動きを止めることしかできない。


けれど男性はそれすら分かっていないかのように、真奈と少女の名前であろう言葉を繰り返すばかり。


明らかに様子がおかしい。それに何だか、その背後が陽炎のように揺らめいているような…?


「パパ、どうしちゃったの…?怖いよ…!」

「パパだって!?」


この男性は少女の父親なのか。


そしてその言葉から、普段はこんな娘に対して異常な執着を見せるような人物ではないと察する。


どういうことだ…?


「紳人!恐らく其奴は何らかの神の影響を受けておる、そのまま押さえておくれ!」

「わ、分かった!」


少女を一歩後ろへ下がらせ、カカンッと

厚底の靴を鳴らし飛び上がると…、


「てやっ!」

「コンさぁん!?」


ズビシッ!とコンのチョップが男性の顔面に突き立てられた。


直後、何かモヤのようなものが男性から離れたが一瞬で消えてしまった。


「ぁ、が…」


奇妙な光景とは裏腹に、突如として男性は気を失い糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。


慌てて支え、引きずるようにベンチへ寝かせると安堵の息を吐いた。


「ビックリした…コン、あんなこと出来たんだね」

「神気を混ぜたチョップじゃよ。ただの人間であれば効果はないが、ああいう手合いであれば効くという訳じゃな」

「…あの…」

「っとそうだ、ごめんね。大丈夫?怪我はない?」


状況に取り残されぽかんとしている少女を安心させるため、努めて柔らかく微笑みながら話しかける。


「はい…ありがとうございます。あの、私…心音真奈こころねまなって言います。中学三年生です…!」

「俺は神守紳人、高校二年生だ。三年生ってことは、今年から高校生?」

「はい。大社高校ってところに来年から」


真奈ちゃん改め心音ちゃんから急に慣れ親しんだ名前が飛び出すものだから、つい目を丸くしてコンと顔を見合わせてしまった。


「どこか変でしたか…?」

「んむ?あぁ違うんじゃよ、その大社高校じゃが…実は、わしと紳人も其処に通っておる。今年からは三年生じゃな」

「えぇっ!?」


今度は心音ちゃんが、大きく口を開けて驚く番だった。

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