情けなら、誰が為に③

団体客は、どうやら例の地域おこしの一環の一泊二日のバスツアーに来た人達らしい。


『仰慕ケ窟』の美味しい料理やこの季節の珍しい縁日に参加するため、此処に来た。


……というのを、今お酒を飲んで上機嫌のお兄さんに聞かされている。


「兄ちゃん聞き上手だな!俺の武勇伝も話したくなっちまうよ!」

「あはは、楽しみです」


聞いてなかったけど、気にはなっていたので好都合だ。


俺とマノトが俺たちの泊まる部屋とか反対側に荷物を運び終え、戻ってきた時には全員食事を食べ終えていた。


今は周辺を巡回するバスの準備待ちのようで、皆一様に談笑し盛り上がっている。


ただ一組、若い男女を除いて。


「……どうした、紳人。あの者たちが気になるか?」

「コン」


部屋の隅に控え眺めていると、制服姿を(身長ゆえに)少しゆったりめに着こなすコンが隣に並んだ。


俺の視線から気付いたらしい。チラリと横目であの2人を見て言うので、素直に頷きを返す。


「うん。あの2人、折角の旅行なのに何だか楽しそうじゃないんだ。でも決して離れようとはしない。まるで…」

「お互いこの後が分かっているけれど、言ってしまえば終わってしまいそうじゃから言えずにいる…じゃな?」

「凄いな…そこまで分かるんだね」

「わしはお主の神じゃぞ?更に婚約者…当然と言えよう」


臆面もなくそう言われると、逆に此方が恥ずかしくなってしまうな…何れは慣れるのかな。


それも少し寂しい気がするから、このままでいいか。


それは兎も角、コンの言う通りである。


放っておくことも出来る、当人たちの問題なのだ…当然だろう。


「少し話を聞いてくるよ。お節介だろうけど」

「うむ。何かあれば遠慮なく言うが良い、わしも手を貸そう」

「ありがとう、コン」

「えへへ…」


両手に頬を当てて喜ぶコンの頭をそっと撫でてから、早速若い男女の下へと近付きその後ろに声を下ろした。


「おはよう御座います、お二方。自分は神守って言います、お名前を伺っても宜しいですか?」

「えっと…俺は霧晴きりばれ、彼女は…」

朝露あさつゆです。どうかなされたんですか?」


霧晴さんと朝露さんは俺より年上だけど、恐らく今年成人したての年齢だろう。


少し戸惑いつつも話してくれる霧晴さんの温厚さ、朝露さんの明らかに年下の俺にも敬語を使う育ちの良さが窺える。


「いえ、折角の旅行なのにお2人が目を合わさないのが気になりまして。霧晴さんたちこそ、何かありましたか」

「それは…」


流石に此方は2人とも目線を落として、言い淀んで話さない。


いきなり踏み込まれても部外者には話しづらいか。


それが普通の反応だけど…逆に部外者だからこそ、話しやすく聞きやすいこともあると思う。


「大丈夫です。自分はただ、お2人に笑って欲しいだけ。想い合い隣に居るのに楽しくなれないなんて、悲しいでしょう?」


部外者だから言葉を選ばず話せますしね、と肩を竦めて見せると顔を見合わせる。


そして一度頷き合うと話してくれる気になったらしい、周囲がわいわいと話す中で粛々と語り始めた。


「俺と朝露…いやのぞみさんは婚約者なんだ。来月、籍を入れて結婚式を開くはずだったんだが」

「快く結婚を応援してくれてたはずの私の両親が、急に人が変わったように反対し始めたの…」

「俺の両親もそうだ。その上、望さんの家はその辺りでは名の知れた家で発言権も強い。


そして最後にツアーのチケットを渡され『この旅行から帰ってきたその場で、お前たちの婚約を破棄させる』と言われたんだよ」


----だから、その終わりを意識するのが怖くてお互いに話せなくなってしまったんだ----


消え入るような声でそう霧晴さんが囁きを残し、今度こそ完全に口を閉ざしてしまった。


力なく項垂れる2人を見て、少しの間考える。


人当たりの良いこの2人の両親だ、きっと朗らかな人たちなのだろう。


そんな人たちが急に手のひらを返し、婚姻を認めないなんて…あるのだろうか?


餞別代わりに渡されたであろうこの旅行も額面通りに受け取るには、あまりに不自然な気がする。


考える点は3つ。


何故急に結婚を反対するようになったのか、何故その場で婚約を破棄させないのか、何故この旅行へ参加させたのか。


当事者たる2人の意識が別れに固まっているせいで、柔軟な発想ができなくなっているとしたら…もしかして。


「あっ……」


そう、例えば。


本当に結婚を反対しているのではなく、


少し見方を変えただけで確証もない。しかし、そうだとすればパズルのピースがはまったようなスッキリ感がある。


……間違いない。少なくとも、この2人に下ではなく前を向かせられる!


「……本当に、反対しているのでしょうか」

「何?」


ポツリと切り出した俺に、霧晴さんが怪訝そうな顔を上げた。そのまま目を合わせて、もう一度語りかける。


「結婚を両家揃って応援してくれていたのに、一斉に反対し始めた。その上わざわざこの旅行へ送り出した後で婚約を破棄させる…まるで、時間を作るみたいに」

「君、何が言いたいんだ…?」


きっとこの人たちは賢い。


俺が直接答えを出さずとも、少し背中を押してあげれば答えを出してそれを選ぶ勇気がある。


俺の言わんとすることを飲み込めない霧晴さんは首を傾げるばかりだけど、隣の朝露さんは何かを真剣に探すように顎に手を当てる。


「……もしかしたら、私たちを試してるのかも」

「望さん…試してるって、まさか!?」


思った通りに2人が目を見開いて驚く。つい口がニヤけてしまうが、舞い上がっているようで気付かれない。


「そうか…だから…。ったく、もう少し分かりやすくしろっての」

「ふふっ、良いじゃありませんか。それにこうして気付けたんです、後は正面からぶつかるだけ」

「それもそうだな。ありがとう神守くん、君がいなかったら本当に婚約を破棄されていたかもしれない」


少し呆れた様子で頭をかく霧晴さんを朝露さんが楽しそうに笑う。


そして息のあった動きで此方を見た。


この2人ならもう大丈夫、そんな確信を抱きながら釣られるように笑顔を返す。


「自分は何も。霧晴さんと朝露さんが答えを見つけられたのは、2人の絆です」

「……本当に、ありがとう」

「結婚式を挙げるときは貴方も招待しますね!住所を教えてくださる?」

「いや、それは…」


遠慮しようとするもどうしてもと食い下がられ、俺は根負けして住所を教えた。


またねと再会を約束してその場を離れる。先程までと打って変わって、花を咲かせるような穏やかさで笑い合う霧晴


「見事な手際じゃな、紳人」


コンの隣へ戻ると、一部始終を見ていたらしく誇らしげな笑みで笑いかけてくれる。


「俺は本当に何も。あの人たちが、自分で答えを見つけたんだ」

「お主がそう言うなら、そう言うことにしてやる。頑張ったのう、紳人♪」

「コン…あぁ、上手くいって良かった」


ピトッと耳や頭をくっつけるコンに、愛おしい気持ちが抑えられない。


少しでもこの気持ちが伝わるように撫でると、パタパタその尻尾が揺れ動いた。


…その後、間もなくバスの準備が整いツアー客は旅館を後にする。


お見送りの際に窓から2人が笑顔で手を振ってきたので、俺もコンと一緒に手を振り返すのだった。

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