第18話

情けなら、誰が為に①

甘い、花のような香りがした。


微睡まどろみの中から目覚め少しずつ意識が覚醒していく。


いつの間にか眠っていたらしい。


確か昨日は…結局晩御飯を全員で食べ、雑談したりのんびりしたりして瞬きする内に就寝したのだ。


クメトリも此方の部屋で寝ることにしたので、コンと俺は同じ布団、そしてウカミとクメトリが其々一つの布団に横になって。


だからこの香りは、隣で眠るコンのもののはず。


そう思って目を開けると視界は真っ白だった。寝起きでぼやけているのだろうか?


というより、少し息苦しいような…息が自分の顔に跳ね返るし。


目を擦るために腕を上げたら、ふにっと何かに手が当たる。何だかとても柔らかい。


「ぅゃっ…」

「ん…?」


聞き慣れた声がくぐもって聞こえた。これにより、頭が何かに覆われていると判明する。


そして声が聞こえたということは…これは、人肌。加えて純白…つまり、今、俺は…!


「んぅ…紳人ぉ…」



起き上がって状況を確認したいが、コンのお尻が眼前にあるためそれが出来ない。


なので、いつもなら般若心経を唱えてコンが起きるのを待つかどうにかこうにか二度寝してやり過ごす。


しかし…今はそんな悠長なことは言ってられない。


理由は単純。俺の中の男が準備運動を始め、このままではもう1人の俺が元気になってしまうのだ。


以前までと違い、今回はコンの太ももを思い切り揉んでしまっている。


一度意識してしまうと頭から離れない。もう…限界だ…!


「コン、コン!起きてくれ、頼む…!」

「ん、ぅ…何じゃ紳人…。プリンの神でもおったか?」

「そんな神は多分いない!そうじゃなくて、今色々危ないんだ…!」


起こすのは忍びなかったけど、違うものが起きる前にコンを揺らして起こす。


勿論2人に気付かれないよう、小声で。


「ふわぁ…どうした、お主にしては珍しい」

「ちょっと待っ…!」


コンが欠伸をして、ゆっくり体を起こしていく。その時になって気付く。


コンが完全に体を起こした時、彼女の腰は何処に行くのかを。


「ん?何かお尻に…あっ」


例え不可抗力であっても、こんな状態で呼吸して匂いを嗅ぐなど男としての品位に関わる。


反射的に呼吸を止めてコンが動くのを待っていると、お尻に伝わる感触から気付いたらしい。


短い声を上げもぞ…と動き、ゆっくりと腰を浮かせた。


「ありがとうコン、危なかったよ…」

「…実のところは?」

「…ちょっと、嬉しかったです」

「可愛い奴め♪」


腰を引いて俺をニヤニヤと見下ろすコンには、本音を隠せそうにない。


素直に打ち明けると満足とばかりに微笑み、尻尾を揺らしながら俺の隣へ座った。


「やれやれ、お主は何処までも理性的じゃな。お主になら…襲われても良いというのに」

「コン…そうしてしまいたいのは山々だけど、責任を取れるようになってからじゃなきゃ駄目だ。俺が俺を誇れなくなる」

「真面目じゃな…そこも好きゆえ、強く言えぬ」


腕を組んでプイッとそっぽを向く。そのあどけない仕草が可愛くてくすっと笑いながら、さわさわと優しくその頭を撫でる。


変わらずそっぽを向いたままだったけど、その耳と尻尾はパタパタ揺れて口元を緩みかけているので内心を隠し切れていない。


可愛いのはどちらだか…と思いつつ、無言で撫で続ける。


やがて、ウカミとクメトリが起き上がり肩を寄せて座る俺たちを見て優しげな微笑みを浮かべるのだった。


〜〜〜〜〜


「神守くんたちはいつ帰るの?」

「俺たちは今日には帰るよ。元々一泊二日の予定だったからね」

「そうですね、私も挨拶が主な目的でしたから」


朝ご飯が来るまでの時間は暇なので、今日の予定を話し合う。


「そっか〜寂しいな〜。コンちゃんモフモフさせて〜!」

「なればお主も来れば良い。向こうにも悩める者は多かろうて…あとわしをモフって良いのは紳人だけじゃ!やるならウカミにせい」

「良いの?」

「残念ですが、私のも弟くん専用ですので」

「えっ…神守くん二股?あたし、神守くんはそんなことしないって信じてたのに…」

「あっれれ〜おっかしいぞ〜?」


一体何故俺が悪人になってしまっているのか。口を挟まなければあれよあれよと変なキャラ設定をつけられてしまう。


「ま、それなら景色良いところ知ってるんだ!折角だし皆で…」

「いきなりすまん!全員居るか!?」

「マノト?はい、揃ってますよ」


クメトリが目を輝かせて地図を広げた時、ガタン!と勢いよく障子が開けられマノトが飛び出してきた。


ウカミがキョトンとしながら皆を代弁すると、マノトはパン!と両手を打ち合わせ切羽詰まった様子でこんなことを言ってくるのだった。


「頼む!突然従業員の1人が風邪を引いちまって人手が足りねえんだ!団体客でな…お前らの力を貸してくれ!」

「……紳人よ、どうする?とは聞かずとも良いな」

「あぁ、困ってるなら助けるのが道理。微力ながら手伝わせてもらおう!」


幸い暇を持て余していたので、渡りに船というやつだ。


どうすれば良いのかは分からないけど…やるかどうかを悩む時間を聞く時間に当てれば、やってられないことはない!

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