縁日は結ぶ、人知れず神知れず②

「んっ、んっ…ぷはぁ!一度飲んでみたかったのじゃ〜美味しいのう」

「縁日の時に飲むラムネって、格別に美味しいんだよね」


冷えたラムネを一口煽り、カランと中のビー玉を鳴らしながら口を離しぶんぶんと尻尾を揺らして喜ぶコン。


浴衣姿で俺より背丈の小さなコンがラムネで目を輝かせるのを見ていると、此方も嬉しくなる。


あれから金魚掬いだったり箸巻きポテトを食べたりなどして喉が渇いたので、途中でラムネを2本買って飲みながら当て所なく散歩しているところだ。


腕は絡めていないけれど…指を絡め、恋人繋ぎでぴたりと寄り添い歩いている。


小さくても確かに人肌の熱を放つ手はこの上なく愛おしい。


「む…飲み切ってしもうた。こう美味しいと、あっという間じゃな」

「そうだねぇ…此処は少し暑いくらいだから、夏と変わらない速さで飲み切っちゃう」


歩く速度を落としながら、2人して空になったラムネ瓶を覗き込む。


吊り下げられた提灯や立ち並ぶのぼり、行き交う人がガラス越しに揺らめく様が幻想的に綺麗だ。


「……のう、紳人」

「ん?どうしたのコン」

「ラムネは無くなってしもうたが…今キスをすれば、味はするのではないか?先程のたこ焼きのように」

「なっ、あっ…!?」


くすりと妖しげな笑みでコンに覗き込まれ、思わず狼狽えてしまう。


体を離そうにもぎゅっと固く手を繋いでるので1ミリも離れることはできない。


「試したいのう。今、ここで」

「ここでって…」


道の真ん中で手を繋いだまま立ち止まり、辺りを見回す。


幸い道は広いし、屋台も左右に展開されているので真ん中は比較的空いている。


かといって周囲から視線を向けられないわけではない。


寧ろ、コンの可愛さと魅力はこの世のものとは思えないレベルだ。当然道の真ん中で恋人繋ぎで突っ立っていたら、俺もコンも注目の的である。


こんなところでキスなんてしたら、恥ずかしさで俺は茹で上がってしまう。


そうでなくても、コンのキスする様を他の男性に見せたくない。


しかし。コンが望むことなら、どんな些細なことでも俺は叶えてあげたい。


両手でコンの口元を隠せばいけるか?目元は、この際注目されるのを受け入れて抱き締めれば俺の体で…。


「く、っふふ…」

「ん?」


いつの間にか真剣に考え込んでいたようで、顎に手を当てて俯いていると目の前のコンが肩を揺らして笑い始めた。


「いいや、んふ…すまぬ。ちょっとした冗談じゃよ」

「冗談…?」

「うむ。お主がどんな反応をするのか、見てみたかったのでな」


くっくっと片手で口元を隠して楽しそうに笑うのを見て、漸く気付く。


どうやら俺は、揶揄われたらしい。


しかし湧き上がるこの熱は怒りではなく、恥ずかしさとその笑顔への恋慕だ。


「……お気に召しましたか、コン様?」

「あぁ、病みつきになってしまいそうな程にの」


頑なに片手は恋人繋ぎをしたまま、そっと俺の胸板に手を添えるコン。


色っぽいその所作に見惚れ、徐々に迫る桜色の唇と金色の瞳から目を離すことが出来ない。


やがて…俺の耳に背伸びして口を近付けると、祭囃子に紛れるほど微かな声で囁いた。


「それに、お主と同じでわしもな…紳人のキスする顔を他の女子おなごに見せたくはないのじゃ。わしだけが、間近で見れる特別でありたい」

「コン…」


コンが僅かに体を離しはにかみ笑いを浮かべる姿に、俺の心はもう制御出来ないほどに染まっていく。


けれど、言葉だけではとても伝えきれない。


何か…何か無いだろうか。形に出来るものは…!


「あっ」


ふと、とある屋台が目に入る。コンが躓かないよう気をつけながら、先導してそのラインナップを確認する。


あった。今の気持ちを伝えるのに、最適な物が。


何故ここに…『射的屋』にそれがあるのかは分からないけど、この際どうでも良い。


「コン、少し待ってて。どうしても取りたいものがあるんだ」

「了解じゃ。取れると良いのう!」

「必ず取ってみせるよ」


店主の叔父さんにお金を渡し、3発のコルク弾と銃を貰う。


軽く先端から弾を押し込み装填。左手で銃身を支えつつ、腋を締めて狙いを定める。


そのままパンッ!と1発撃つも、僅かに目標の上に逸れた。


感覚を忘れない内に2発目を装填して、今度は銃口を下げて…放つ。


タンッと目標に命中したものの、軽く後ろにズラすだけで倒れない。


「あと1発か…」


最後のコルク弾を込めながら、神経を研ぎ澄ませる。


ふー…と息を吐き慎重に目標へ狙いを合わせていく。


残り1発…命中させるかつ落とせなければ、次の順番を待っている間に落とされてしまうかもしれない。


負けられない…!


「……大丈夫じゃ、紳人」

「コン…!」


俺の両手にコンの手が重ねられ、ピトリと頰が密着する。


「お主なら出来る…わしも付いておるのじゃ、絶対に落とせるぞ」


優しくも力強いその言葉と微笑みに余計な力が抜けていく。


フーッ…と深呼吸し、呼吸を止める。そして…パンッ!と迷いなく撃った。


寸分違わず目標に命中し、ぐらり…と大きくよろめいて。


パタリ…と、それは倒れた。


「お見事!あんちゃんたちお熱いねえ…玩具だが、こいつはピッタリだ。持っていきな!」


針などで固定されておらず、倒されてもニカッと笑う気前の良い店主に礼を言ってその場を後にする。


道を外れ林の中に入り、木陰に隠れながらコンの目の前で梱包を解いていく。


「お主…それ…」

「うん。どうしても…君に渡したかったんだ」


自分の手のひらに取り出した2つのそれは…チェーンの付いた、玩具の指輪。


まじまじと見ていなかったらしく、指輪を見て大きく目を見開いてコンが息を呑む。


「コン。君が好きだ、愛している。学校を卒業したら、俺と…結婚してください」


瞳を潤ませるコンの手に、確かに指輪を一つ手渡すのだった。

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