憑くは神、行き着くは人④

「それが、マノトが此処の店主である理由…そして人間と神様の恋の終わり」

「あぁ…」


束の間の語りを終えたマノトは、寂しそうに笑って窓の外を見る。その視線は目の前の景色ではなく、何処か遠くを見るように。


「……悲しく、無い?」

「そりゃあ悲しい、心にポッカリと穴が開いたままだよ。けど、だからって忘れたり次の恋なんかで埋めようとしたら…妙との思い出を消してしまうみたいじゃねぇか」

「大切なんだね、妙さんとの思い出」

「100年経っても妙との毎日を思い出せるくらいには。紳人だって、コンと出会ってから思い出せない日なんて無いだろ?」


肩を竦めるマノトに言われ、考えるまでもなく頷く。


毎日刺激的で、愛おしくて。忘れられる訳がない。


きっとこの先何年何十年過ごそうと俺はコンとの日々を忘れることはないだろう。


それは、コンも同じはずだ。そうだと…嬉しいな。


「まぁだからこそあの時ああすれば良かったとか、もっとしてあげられることはあったんじゃねぇかって考えることもある。


残される側の神でさえそうなんだ、人間のお前は絶対そう思う日が来る。そうならないよう…言えることは言っておけ、やりたいことはやっておけ。失敗を気にしなくて良い、何せ…」


何せ俺たちは、時間だけは有り余ってるからな----。


そう言って話を締め括ったマノトと、揃って窓の外を眺める。


あれだけ高い位置にあった太陽は、いつの間にか山の影に隠れ始めていた。茜に染まる山々は、コンにも見せてあげたい程に美しい。


ドン、ドン。


「ん?何の音だろう…花火?」

「あぁ、今日は近くの神社で縁日があるんだよ。地域おこしの一環らしい、すぐそこだから行ってきたらどうだ?晩御飯は軽めに用意させておくぜ」

「そうだね…皆で行ってくるよ」

「いやいやそうじゃねぇだろ」

「?」


マノトが首を横に振った意味を汲み取れず、つい訊ねてしまう。


やれやれ…と後ろ頭をかかれ、直後ビシッと鼻先にその指を突き付けられた。


「お前が好きなのはコンだろ?ならこういう時くらい、好きな人を優先しろって言ってんだ。優しさだけが愛じゃねぇ」

「……分かった。コンと2人で、行ってくるよ」

「よし、行ってこい。浴衣は貸してやるからちょっと待ってな」


満足げに笑うと足早にマノトは部屋を後にする。


彼が出て行った方を見ていると、胸中で彼に言われたことが反響した。


『優しさだけが愛じゃねぇ』


欲を…出しても良いのだろうか?


大好きなコンの為に、一緒に来ているウカミとクメトリを置いて2人きりになるなんて。


……しかし、彼氏になるってそういうことなのかもしれない。


マノトが言うように、いつかこの祭を2人きりで行けば良かったと後悔しても後の祭りだ。


今日くらい許してもらおう…ごめんウカミ、クメトリ。


「コン、起きてるよね?」

「……いつから気付いておった」

「起きてるのを気付いたのは今だけど…その言い分だと、もっと前から起きてたんだ」

「むぅ。墓穴を掘ったのじゃ…」


尻尾は動かさないよう意識していたみたいだけど、耳は可愛らしく揺れていた。


声をかけると、案の定コンは起きていたらしい。


先程まで確かに寝ていたはずなので、何処かのタイミングで起きたのだろう。


「それで、どうかな。君は俺が少し我儘でも好きでいてくれる?それともやっぱり優しい俺の方が好き?」

「愚問じゃの。前に言うたじゃろう?もう少しわしのことだけ考えるのも、とな。ありのままも好きとは言うたが…自分を優先されて喜ばぬ彼女が居るものか」

「……ありがとう、コン。行こうか、2人っきりのデートにね」

「うむっ♪」


その時、丁度良くマノトが男女1組の浴衣を持ってきてくれた。


そのまま階下へと降りていく背に礼を言いつつ、そそくさと着替え俺は青でコンは橙色の浴衣を身に纏う。


一回に降り玄関に備え付けの下駄に履き替え、カランコロンと夕焼けの山へ歩き出した。


俺の左腕に抱きつくように腕を絡める、ご満悦のコンの頭を撫でながら。


〜〜〜〜〜


「…やっと行ったか。やれやれ、彼の優しさは底抜けだね」

「まったくです。これを機に少しは自分のことを優先するようになると良いのですが」


紳人とコンが部屋を出て軽やかな足音を響かせた時、クメトリとウカミはむくりと体を起こした。


何故2人が起きているのか。理由は至極単純、


「皆に優しすぎるのも考えものですから。しかし、遠慮なんてしなくていいと面と向かって言っても彼は納得しないでしょう」

「だから此処に来た訳ね…マノトの話を聞けば、少しは自分を出すんじゃないかって」


全員でうどんを食べ終え旅館に帰る道中、ウカミはこっそりクメトリに話を持ちかけていたのだ。


部屋に戻ったら一緒に寝たふりをしてほしい、と。


本来はコンと2人で聞いてもらうつもりではあったが、途中まで本当に眠ってしまったらしい。


結果としては成功しているので、内心ウカミはホッとしている。


「……さて、私たちはどうします?」

「ふふっ、そんなの決まってるでしょ。…尾行するしかない!」

「だから気に入ったのです!」


この神たち、ノリノリである。2人は着の身着のまま旅館を飛び出すと、小走りで紳人たちの後を追いかけるのだった。

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