憑くは神、行き着くは人③
「……」
旅館ですやすやと川の字で眠るコンたちを眺めながら、こうなった経緯を思い返す。
〜〜〜〜〜
クメトリの先導で近場の蕎麦屋へ辿り着いた俺たちは、早速そこでうどんを注文した。
俺は釜玉うどん、クメトリはぶっかけうどん、そしてコンとウカミはきつねうどんを。
「やっぱりきつねうどんが好きなの?」
「うむ!このお揚げに、どうしても惹かれるのじゃあ♪」
「狐としての本能なのでしょうか、つい食べたくなるんです…!」
「本当に狐が好むんだねぇ…」
目を輝かせて食べ始めるコンたち狐の神様に、俺とクメトリは顔を見合わせて笑う。
イチオシというだけあり、お手前は見事の一言だった。
コスパも良く我が家の近くにあったら足繁く通っていたことは想像に難くない。
ホクホクと満たされたお腹を意識しながら宿へと帰りつき、この後どうするかをのんびり話していたら…皆いつの間にか寝落ちていた為3
〜〜〜〜〜
「ま、急ぐ旅でもないし。のんびり羽を伸ばしてもらおう」
皆何かと忙しい日々を過ごしていたし、今日くらいゆっくりしてもバチは当たらないだろう。
神様にバチが当たるのか、というのはこの際置いておくとして。
「ふぅむ…読書でもするかな」
俺も皆と一緒に眠気に身を委ねてしまいたいけど、防犯的な観点からそれは憚られた。
俺たちのいる階は関係者以外立ち入り禁止になってはいる。
しかし、人の出入りが少ないこの時間帯を狙って泥棒が動かないとも限らない。
いざとなれば起きるとしても、そんな奴のせいで折角のお昼寝が邪魔されるのは寝覚が悪いだろう。
なので自前の荷物に忍ばせておいた1冊の小説を手に取り、部屋の隅で黙々と読み進めていく。
ペラッと紙が捲れる音が数回した時、此方へ近づいて来る足音が聞こえてきた。
足取りはしっかりしているので泥棒の類ではない気がする。
でも、それはそれとして正体は気になるので廊下に顔を出した。
「おぉ、確かお前は…紳人か。ウカミたちはどうだ?」
足音の主はマノトだった。気さくに手を上げるので、此方も真似をすると気を良くしたのなニッと歯を見せて笑う。
「さっきお昼を食べて、今は眠ってるよ」
「そうかそうか、様子を見に来たつもりだったが丁度良い。紳人に聞かせたい話があったんだよ」
「俺に…?」
部屋の障子を閉め、奥の広縁で向かい合って座りマノトは一つ頷いて話を続けた。
「紳人、お前コンが好きだろ?そしてコンもお前のことが好きのはずだ」
「…うん」
そろそろ慣れつつある神様の観察眼に、こくりと頷く。
「そうか……なら、今からする話を覚えていってくれ」
「それは一体?」
「あぁ。
-----人間と神様が恋に落ちて、最後はどうなったのかって話だ」
「……!」
そう切り出され俺はついに来たと思った。
そして今の一言から、マノトに関する様々な疑問が解き明かされていく。
「だが勘違いしないで欲しい、これをお前に話すのは諦めろと言いたいからじゃねぇ。
寧ろその逆…後悔しない為に、悔いのない行動をしてくれってことだ。聞いてくれるか?」
「勿論。マノトのその言葉、有り難く拝聴させてもらいたい」
「それでこそだ」
期待通りとばかりに笑うマノトは、静かに語り出した。
〜〜〜〜〜
俺は…この旅館の『付喪神』だ。
細々と経営されていた旅館は、都会の喧騒から離れ渓流も程近い穏やかな土地ということもあり気付けば100年も経っていたそうだ。
そんなある日、俺は生まれた。
付喪神といっても大した力は無い。精々建物の老朽化を防ぎ、中の居心地を良く感じさせる程度。
それに、俺たち付喪神は悪戯に人間を誑かすのが常。時折家鳴りを起こしたり、わざと姿を見せ客として泊まったことだってある。
面白おかしくこの旅館の人間や客に囲まれ過ごしていた時、1人の乙女が話しかけてきた。
「貴方…もしかしてうちの神様?」
其奴は此処の女将で、
どうやら神様を見ることが出来る体質らしく、姿を隠している俺も視認できる。
だからこそ最初は驚いた、そんな奴もいるんだなってよ。
妙はまだ成り立ての女将らしく、従業員と二人三脚で切り盛りしていた。あんまりにも危なっかしいものでな、つい俺も助言だったり出来る範囲の手伝いもしたもんさ。
初めて自分と目を合わせ、言葉を交わせる存在。しかも笑顔もあどけなく、一生懸命でひたむきな一面もある。
俺と彼女は、雪が降るように静かに朝露の雫が落ちるように、恋に落ちた。
幸せに満ち足りた時間だったよ。
忙しい時でも閑古鳥が鳴くような時でも、妙が居れば俺は退屈なんてしなかったし、いつも妙のことを考えていた。
妙も同じだと笑ってくれた。貴方が居るから私は頑張れる、私は幸せで居られるんだって。
世界が輝いて見えてな、温泉に浸かってるみたいに温かいよろこびに包まれていた。
1年なんてあっという間、10年だって瞬きの合間に過ぎていく。
ウカミがふらりと此処を訪れ、知り合いになったのもその間だったのを覚えてる。
いつまでも順風満帆に思えた。けれど…それは俺の中だけの話だった。
幸せに浮かれるあまり、俺は忘れていたんだ。人間の寿命は、あっという間なんだってことを。
あれは…妙と出会った30年目の春だったな。
彼女の顔には皺が増え少しずつ寄る年波に負けていき、ついには一日中床に臥すことも多くなっていた。
昔は今より人間の医療が発達していなかったし、妙も離れるのを嫌がって日ごとに衰弱していくのをただ見ているばかりでさ。
歯痒かったよ、俺だって神様なのに何もしてやれねぇ。
けど、そんな時でも妙は笑うんだ。
「私は、幸せですよ?貴方が此処に居てくれるから」
蝋燭の火が細くなっていくのを見守るように、俺は妙との時間を大切にした。
眠ることが増えた妙がどうか次も目覚めますようにって、祈ったこともある。
やがて、病院から医師が出張健診に訪れる時期になった。
医師から下された診断結果は…何処かに異常を来しているわけではない、老衰だろうというものだった。
一言でいえば、寿命だ。
もう間もなく妙の命は事切れる。どうにもならないと誰よりも分かるからこそ、余計に悔しくて俺は泣き続けた。
診断結果を貰った夜、俺の顔から妙は己の死期を悟ったらしい。
いつもより儚げな笑顔を浮かべながら、俺の頬に手を添えて言った。
「マノト…私の、最後のお願い。ずっと…此処に、居てください。私と、貴方が過ごした、1番の証、だから…」
その手は震え、おかしな汗さえかいていた。
俺はそれが意味することを嫌というほど痛感しながら、妙の手を取り笑い返す。
「当たり前だ…妙。ずっと、一緒だ…!」
俺の言葉は妙に届いたらしい、憑き物が落ちたように柔らかい表情になり…翌朝まで俺と笑い合っていた妙は、安らかに眠りについた。
悲しかった、心にポッカリと穴が空いたとさえ思った。でも悲しみに暮れるより、俺は此処の主となり働く道を選んだ。
妙のたった一つの願いを、叶え続ける為に。
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