2つの影を、見守り笑う④

「……あの」

「……」

「あの、コンさん?」

「……」

「……」


この世のものとは思えない激痛を味わい、気付くと俺は薄霧の中で白装束になり正座をしていた。


目の前には腕を組んで俺を見下し、ペシッペシッと足元を叩いて怒りを露わにするコンが立っている。


「愛しのコンさ〜ん?」

「……おぉ、お主よ。死んでしまうとは情けない」

「いや貴女にトドメを刺されたんですが…」


コンがピクッと耳を揺らして漸く反応したかと思えば、いきなり某大作ゲームで聞いたような台詞を投げかけられた。


「たわけ。殺してはおらん」

「そうなの?じゃあこれって」

「臨死体験じゃ⭐︎」

「死にかけだよね!?」


可愛くウィンクしながら言ってのけるが、この上なく物騒である。俺の神様ってこんな性格だったっけ…?


「まぁ細かいことは良いではないか。そ•れ•よ•り!お主はまぁたわし以外の胸に鼻の下を伸ばしおって!」

「細かくは…いや、この際置いておこう。鼻の下を伸ばすだなんて、誤解だよ。言っただろう?俺はコンの胸が大好きなんだ」


自分で言っててかなり恥ずかしいのだが、背に腹は代えられない。


このままコンに誤解されたままでいるほうが、俺には耐えられない。


「……なら、何故アマ様の胸を見ておったのじゃ」

「それは…猫が猫じゃらしをつい目で追っちゃうようなもので、深い意図は無い。俺の目を見てくれれば伝わると思うよ、コン」


ずいっと顔を突き出して目を軽く見開くと、コンも大きな瞳を開きながら俺の目を覗き込んでくる。


「目を逸さぬな、それに瞳の揺らぎも無い。本当のようじゃな…疑ってすまぬ」

「良いんだ。俺も紛らわしいことしちゃって、ごめん」


コンの怒りが鎮まったようで、シュンとしおらしく耳と尾を伏せた。


脱力しながら微苦笑して謝り、多分夢の中であろう此処から出ようと提案する。


「それじゃあ、コン。この夢から覚めたいんだけど…」

「そうじゃのう…では、わしの胸の中で起こしてやろう」

「へ?」


いきなりの発言に素っ頓狂な声を上げると、あっという間に俺はむぎゅっ!とコンの胸に抱き寄せられてしまう。


「こ、コン!?」

「ほうれ…早う目を覚まさぬとわしの匂いに落ちてしまうぞぉ?」


そう言いつつも俺の顔に自分の胸を密着させるコンに、声を出そうにも口すらうまく動かせず必死に息を吸うことしかできない。


コンの甘い花のような香り、柔らかな感触、心安らぐ温もり。


もふもふの尻尾も俺に巻き付き1ミリも逃れられず、呼吸をするたびにコンの存在が俺の中に刻み込まれていく。


「良い子、良い子じゃよぉ…」


逃れようとする理性すら霧に紛れていき、俺はもうコンに身も心も委ねる他はない。


俺の頭を撫でるコンの手が、鎖骨から胸元と徐々に滑り降りていき……。


〜〜〜〜〜


「……って、それはまだ早いよぉ!…あれ?」


ガバッと跳ね起きると、外はもうすっかり金色に晴れ渡っていた。


『神隔世』に於いては、これが通常の晴天なのでれっきとした良い天気である。


「起きたか紳人よ。よく眠れたかの?」

「…俺、昨日コンの尻尾に落とされて臨死体験とかその…良い夢見てたはず…」

「ほう、覚えておったか。夢は記憶に残るタイプのようじゃな」


ニヤリ、と意地悪い笑みを浮かべたコンがしゅるっと尻尾を揺らしつつ片手を胸元に当て良い夢と悪い記憶を想起させてきた。


複雑な心境になりつつも寝かされていた布団を畳み、これまたいつの間にか着替えていた寝間着を普段着へと着替える。


「ねぇコン、俺っていつの間に着替えたの?」

「わしが着替えさせたのじゃ。お主の体と匂いがどうも本能を燻ってなぁ…その場で襲わなかったわしを褒めてほしいくらいじゃ」

「ありがとう、コン。襲うなら起きてる時かつ2人きりの時にしてね」

「……な、なんじゃと!?」

「さぁて!流石にノー勉でテストに臨むわけにもいかないし、お昼頂いたら我が家に帰って勉強するかな〜」

「これ!無視するでない!」


目の色を変えて俺の発言の真意を問いただそうとするコン。


それが可愛くて、つい話を逸らしたりわざと無視したり揶揄ってしまう。


俺の服の裾を引いたり、抱きついてくるコンをいなしながらアマ様の部屋へ向かう。


「……こ、この場で襲っても…良いのじゃな?」


アマ様の部屋の障子を開ける寸前、我慢できないとばかりに背中からコンが俺を抱きしめ囁いてきた。


そのか細い声と背中に伝わる愛しい熱は、俺の理性を瓦解させるには十分過ぎた。


「紳人、んむっ…!?」


バッと振り向きコンを抱き締め返す。嬉しそうに顔を綻ばせるコンの唇を…いきなり、俺の唇で塞いだ。


どちらからともなく瞼を塞ぎ、数秒…或いは十数秒キスしたまま抱きしめ合う。


これだけでも最長記録だが…俺は踏み留まれず、にゅるんとコンの口の中に自分の舌を入れた。


「〜〜〜!?」


数回互いの舌を絡ませた後に…ゆっくり、俺は口を引いた。


「コン、ごめん…俺から襲っちゃったね」

「……紳人、わしは…嬉しいぞ?」


いきなりキスされたのに驚くどころか、人差し指を唇に当て妖艶に微笑むコン。


そのあまりの魅力に、暫し息を呑んで見惚れてしまう。


…こうして、俺とコンはまた一つ無意識に敷いていた枷を一つ取り払った。


テスト期間はキスも抑えなきゃな…と思いながら、俺とコンは今度こそアマ様の部屋へと入るのだった。


〜〜〜〜〜


「ふふっ…彼奴ら、もうとっくに骨の髄まで惚れ込んでおる。というのに婚姻を結ばぬのは…今の関係を楽しんでいるからじゃな」

「そのようですね。ウカミ様も、それを眺めて楽しそうですし」

「確かにあれは間近で見ていたくもなる。娯楽と呼ぶにはあまりに刺激的じゃて」


天岩戸の入り口である大扉に『門』を開き、三人を地上へと送り届けたアマテラスとコトはその場に佇み笑みを浮かべる。


「酔狂な奴らじゃなぁ…しかし、そういう恋愛の形もあるか」

「そうですよ。アマ様だって、諦めたわけではないのでしょう?」

「無論じゃ。見える人間というだけでも貴重なのに、更には神を恋人にするとは。


……あまりうかうかしていると、掠め取ってしまうからの。コン?」


アマテラスが不敵な笑みを浮かべて、コンの隣を歩く1人の青年を狙うように鋭い眼差しをする。


「……これくらいで良いですか、アマ様?」

「うむ!いやぁ、こういうのやってみたかったのじゃよ!優しく見守ると見せかけて、虎視眈々と狙うようなやつ!」

「面白かったことは否定しませんが…こういうのは、ツッコミ担当が待ったをかけねば面白さが足りない気がします」

「それもそうじゃな。次は他の奴らも混ぜるかの!」

「その前に、今日もお勤めお願いしますよ?」

「分かっておるよ。妾は天照大御神の分身が一柱、アマ様じゃからな」


ニッとコトに笑って見せる姿は、快活なれど気品に溢れていた。

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