2つの影を、見守り笑う③
あの後暫くのんびりとした時間を過ごし、晩御飯の時間となる。
ウカミ達が作った料理は和食がメインで、どれも美味しくて思わず唸ってしまう品々だった。
なので、ウカミやアマ様そして半ば無理矢理連れて行かれたコンたちがお風呂に行くその間にコトさんからレシピなどを聞かせてもらうのだった。
「……そういえば、先程はごめんなさい。コンのことになるとつい」
「いえいえ、良いんですよ。ご馳走様です」
良いものを見たとばかりに微笑むコトさんに、ぶり返した恥ずかしさで顔が熱くなる。
気まずくて、俺は目を逸らす。けれど、コトさんはその反応すら楽しむように身を寄せた。
「コン様のどんなところをお好きになったんですか?」
「そう…ですね。まず、コンは凄く優しくて一生懸命なんです。彼女自身、不器用なのは自覚していますがそれでも頑張って何かをしようと努力している。1番最初に惚れたのは、多分そこです」
「……ちゃんと、見てらっしゃるんですね」
「えっ…?」
コンと初めて会った時から、少しずつ思い返しながら呟くように話すとその微笑みが穏やかな陽だまりのように変化する。
「コン様がまだ此方の世界にいらした頃は、どうしても不安定な一面がありましたから…悪、とはいかないまでも良くない者に狙われることも多くありました。
コン様が地上に降りてからはアマ様も貴方を常に見ていた訳ではなく、寧ろ普段はご多忙で報告で聞くばかり。
此処の神気から生まれ、ウカミ様共々可愛がってきたコン様が惚れ込む人物が邪な者ではないか。
今回急遽貴方をお連れしたのには、そんな狙いもあったのです。騙すような真似をして、ごめんなさい」
それを聞いて、ストンと話が腑に落ちた。
2人にはそんな狙いもあったのかという驚きよりも、それが一番の狙いだったのだと言う納得の方が大きかったからだ。
「今日一日、俺からアマ様が離れなかった理由…漸く分かりました。コンへの揶揄い半分、俺の見定め半分ってことでしたか」
「紳人さんには本当に…」
「あぁいえ!決して責めるつもりなんてないんですし、当然のことだと思います。
家族とすら言えるほど大切な存在に意中の相手が出来たとあっては、内心穏やかでは居られないでしょう」
仮にもし、俺が親の立場だったら。子供にそんな相手が出来たと知ったら。
あの手この手で、悪意や害が無いかを見極めようとしたと確信出来る。
「それに…今それをお話いただけたということは」
「はい、紳人さんであれば安心してコン様を任せられると仰っていました。私からも太鼓判を押させていただきます」
「それは良かった…」
ホッと安堵に胸を撫で下ろすと、突然コトさんから耳を疑う一言が放たれた。
「ところで、式は勿論此方で挙げられますよね?」
「……何ですって?」
「コン様は狐ですから、やはり嫁入りが好まれるとは思うのですが…どうせならこの天岩戸であげてくれまいかとアマ様が」
「ちょちょ、ちょっと待ってください!いきなり結婚式だなんて…!」
矢継ぎ早に捲し立てられ、慌ててストップを掛ける。
俺とて1人の男だ。コンと結婚することを考えていない訳ではない…どころか、行ってらっしゃいのチューなど新婚じみたことまでしたくらいである。
勿論いつかは…なんて思ったりしているが、先程お風呂で今はまだこのままでと誓ったばかりだ。
いきなり関係を一気に進めてしまうのは、少し飛躍しすぎな気がする。
「何でしょう?大丈夫ですよ、身内だけで細々と開けば緊張することも…」
「いやそこではなく!俺はまだ結婚出来る年齢では無いんですよ!?」
「ご安心ください、『神隔世』ではアマ様がお許しさえすれば婚姻は可能です」
「これが神か…!」
最近忘れかけていた神様と人間の違いを痛感し、思わずポツリと口から漏らした。
此処でなら、俺はコンと結婚し夫婦になることが出来るらしい。
何となくでしかイメージすることのなかった、結婚という言葉に実感と重みが湧いてくる。
まだ俺は高校生、今年漸く高校3年生になるって年齢だ。正直…何処か遠くに感じていた。
「もし、婚姻を結びたくなりましたらいつでもいらして下さい。アマ様も私も、歓迎しますよ。出来れば事前に教えていただけると、色んな用意を致しますので」
「…分かりました。コンと話し合って、決めようと思います」
今はとりあえず頷いておこう。
この話は、暫くの間俺の胸の内に留めておけば事を急く必要は無いはず。
幸か不幸か…神様の中の時間は、俺たちよりも緩やかに流れているようだから。
〜〜〜〜〜
「しまった…来週から学年末テストだったの忘れてたよ」
「むっ、そうなのか」
「コンは最近入りましたから、知らなくても仕方ないですねぇ」
外から見た時よりも明らかに広い廊下を歩きながら、思い出したくはないけど思い出さなければいけないことを思い出す。
「まぁ良いか…幸い初日は国語、家庭科、歴史だし」
その三教科は比較的俺が得意としている科目だ。国語に至っては90点以下を取ったことはない。
因みに数学はてんで駄目なので、一教科は補習が確定している。どうにも、応用というのが苦手だ…。
「人の子も難儀しておるのじゃなぁ」
「アマ様は勉学というより、もう少し緊張感を覚えていただけると…」
「なっ何じゃと!?妾、結構頑張っておるが!?」
「この前だって大事な報告を危うく聞きそびれたり、最近も寝坊してるではありませんか!」
「えぇい!良いではないか、良いではないか!」
こんなけしからんというより、情けない良いではないかを聞くことになろうとは。
因みに小さく肩を揺らすものだから、その実り豊かな胸がゆらゆらと
「分かっておるな、紳人?」
「あっはっは…誤解だよコン。決してアマ様の胸を見たりなんて」
「わしは何も言うておらんぞ」
「……」
「……」
ゆっくりと背筋から這い上がってくるもふもふの宣告から目を逸らし、ウカミ、アマ様、コトさんの順に顔を見る。
それぞれ笑顔、ニヤニヤ顔、そして愉悦顔。
……神も仏も、ありゃしないや。
「夢の中でも…お説教じゃぞ♡」
ゴキリッ!!
その夜、天岩戸からあの世からの声が響いたと噂が流れ始めるのだが…俺がそれを知る由はない。
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