さよなら日常、おいでませ非日常②
「紳人くんおはよ〜!」
「よぉ紳人」
「おはよう。未子さん、寛氏」
新婚さんらしく、今日は学校に着いてこないらしいコンがいないので久しぶりに1人での登校に。
やがて教室の自席に座ると、後ろから未子さんと寛氏に声をかけられ笑顔で返事をする。
未子さんの後ろでは、くああ…と気持ち良さそうにトコノメが欠伸をしていた。
(おはよう、トコノメ)
(よぉ既婚者)
(まだなんですけど!?というか何故それを!)
(顔に書いてるではないか。コンとイチャイチャしましたって)
両手でゴシゴシと顔を吹く。しかし勿論インクなど付いてるはずなく、ケラケラとトコノメに笑われるだけ。
俺はこれ以上墓穴を掘らぬように静かになり、椅子に座り直す。
「……あれ?」
隣に誰もいない。いつもならもう座って黙々と読書したりしているのだが…どうしたのだろうか。
隣の席の
戻ってきたら何か快気祝いでもしてあげようか…そんなことを考えていたら、担任の
「えー、皆さんおはよう御座います。突然なのですが…森中くんはお隣の教室へお引越ししました」
「…引越し?今お引越しって仰いましたか?」
今日日聞かないクラスのお引越しというワードに、思わず聞き返してしまう。
それを怒ることもなく、梅野先生はこくりと頷いて話を続ける。
「そうです。そして…それと同時に、このクラスに転校生が入ります」
「転校生…?」
突然の副担任の就任に、季節外れの転校生。不思議な高校だなあ…わざわざこんな時期に越してくるなんて、親の仕事の都合かな?
転校生と聞いて色めき立つクラスメイトを微笑ましく眺めていると、ふとウカミと目があった。
「……♪」
口元に手を当てくすりと上品に笑う姿に、漠然と嫌な予感を感じざるを得ない。何となくだが…逃げた方が良さそうだ。
「梅野先生、ちょっとお腹が痛くて。トイレに行っても良いですか?」
「気のせいなので座ってください」
もう少し生徒のことを信用してくれても良いのでは?いや嘘だけども。
離脱失敗。大人しく席に座り、教室の入り口を見る。
「それでは、どうぞ」
シルエットが浮かび上がり、こくりと頷くのが分かった。
間もなくガララッと扉が開け放たれ、件の人物は軽やかな足音と共に教室内へと足を踏み入れた。
「それじゃあ、お名前を聞かせてくれるかしら?」
「うむ」
背伸びしているというより、様になっている大仰な返事。チョークを摘み、カッカッと名前を…少しふにゃっとした文字で書き上げていく。
書き終えると、手を払い粉を落としてからフッと目を細めると凛とした声で自身の名を告げた。
「神守柑じゃ!よろしく頼むぞ、皆の者!」
君はそっちでくるのか…口をあんぐりと開けて、何故今朝コンが付いてこなかったのかをはっきりと理解する。
「驚いたか?紳人よ」
ふふっと無邪気に笑うコンは、とても可愛くて…何も言えなくなってしまう。
「……また神守、ねぇ?」
後ろの寛氏から向けられる、ニヤニヤとした視線が痛い。コイツは嫉妬に狂いはしないが、逆に煽ってくるトコノメスタイルだ。
1番やりづらい相手である。
「しつもーん!紳人くんや神守先生とは、どういった関係なんですか〜?」
1人の女子生徒が目を輝かせながら挙手して立ち上がり、いきなり踏み込んだ質問を投げかける。
「ふむ…そうじゃなあ。あれは今から36万…いや、一年前の出来事じゃったか…」
急にありもしない出来事を語り始めたぞ。1番良い
「ま、簡単に言えばウカミはわしと紳人の保護者。わしと紳人はぁ…」
「ごくり…」
(紳人はどう答えて欲しいかの?)
(そこで俺に振るの!?)
ムフッと意地悪な顔になり、心の声で訊ねるコンに俺は狼狽える他にない。
しかも、質問まで意地悪だ。
此処で素直に打ち明けて良いと言えば、コンとの恋人関係がバレ俺は今日こそ生きて帰れないだろう。
もうあと3日でバレンタインだというのに、それはあまりに口惜しすぎて化けて出てきかねない。
かと言って以前のように
前門の虎、後門の狼である。しかしこの不肖神守紳人、いつまでも駆け引きに負けてばかりでは男らしくないと日々成長しているのだ!
(俺は、コンのこと信じてるよ)
(むっ…そう来おったか…)
コンの意表を付けたらしい、感心するような声色になりその表情も少し驚いたものになる。
(ふふっ…良かろう。今回はお主の勝ちじゃな)
それすらも楽しそうに言うと、コンは皆の前ではっきりと宣言した。
「従兄妹同士なのじゃ!暫くわしの親が仕事の都合で家を留守にするのでな、宇賀御と紳人の家に居候させてもらうことになったというわけじゃよ」
予め考えておいたのか、淡々と言い放つ。そのあまりに堂々とした振る舞いに、事情を知る未子さん以外は納得した空気になった。
ホッ…と安堵の息を吐いて安心する。これなら、必要以上に詰め寄られることも命の危険を感じることもない。
「…今はまだ、の?」
人差し指を口に当てて可愛らしくウィンクするコン。
瞬間、心重ねて。無数の銃口を突きつけられたような殺気に襲われ、どうやら今日も俺は必死の逃走劇を繰り広げることになりそうだ。
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