第10話

さよなら日常、おいでませ非日常①

皆、おはよう。俺の名前は神守紳人。


上から読んだら「かみもりしんと」、下から読んだら「とんしもりみか」。…昔の侍か?


この際それは置いておこう。さて、今俺が何をしているのかと言うと。


「ん…紳、人…」


何故か目覚めたら、下着姿のコンが俺の腕を枕にしていた。あまりに軽いので、うっ血も起きていない。


流石に刺激が強すぎて頭がフリーズしてしまった。一度、記憶を整理して理性も一緒に整えよう。


確か昨晩…


〜〜〜〜〜


「このパジャマもお気に入りじゃが…」

「うん?」


寝室に布団を2枚並べ、いつものように片方にウカミがもう片方に俺とコンが横になろうとした時。


女の子座りするコンが自分の着るパジャマを見下ろしながら、何やら考え込むように呟く。


「新しいパジャマが欲しくなった?あまり高いのは買えないけれど、俺の小遣いの範囲で買えるものなら…」

「いや、そうではない」


コンがお洒落に目覚めたかな?と思いつつ提案するも、どうやらそうではない様子。


ならばどうしたのだろうと小首を傾げると、コンは上目遣いになって俺に言った。


「もう隠さなくても良いのじゃから、お主のシャツを着たいのう…」

「こ、コン!?」


恐らく無意識なのだろう。しかし、あまりの可愛さに俺の声は上擦り慌てることしか出来ない。


「駄目か…?」

「駄目では、ないけど…」


関係が進んだ今、コンの無防備な姿を見たら俺はどうなってしまうのか。


それが分からない以上無闇にコンの防御力を下げるべきではない。そうわかってはいるけれど。


「紳人ぉ……」

「ぐっ…!」


コンの猫なで声と潤む瞳は俺の理性的な思考を、音を立てて壊していく。


「紳人さんは、コンが自分のシャツを着るのは…嫌いですか?」


ダメ押しとばかりに、ウカミがくすくす笑いながら問いかけてきた。このタイミングにその質問は…ズルい。


「……大好きです」

「では?」

「…俺のを着てほしいな、コン」

「うむっ♪」


満面の笑みで頷くコンから、恥ずかしくて目を逸らす。視界の隅ではこっそり打ち合わせでもしていたのか、楽しそうに笑っていた。


……やがて暫しの談笑の時間も終わり、消灯へ。


「おやすみ」

「おやすみじゃ」

「おやすみなさい。…あぁ、そうそう」

「?」


いつものように就寝の挨拶を交わし横になる間際、ウカミが思い出したように言った。


「私、眠りが深いので…多少物音がしても起きません。それでは、今度こそおやすみなさい」


ひらひら〜と手を振って、毛布の横からもふもふのしっぽを出しつつも横になるウカミ。


(どういうことだろう?)

(ふぅむ…ウカミは偶に難しい話をするからのう。深く考えるのはやめておくのじゃ)

(意図を汲み取れないのは申し訳ないけれど、仕方ないか…)


パチリと目を合わせ心の声で会話するも、俺もコンもピンと来ず答えは出なかった。


電球のスイッチを切り、部屋を暗くする。


カーテン越しの月明かりが仄かに部屋を彩る中、向かい合って添い寝するコンが俺の目の前に手を出してきた。


「紳人」

「うん」


優しくも此方を包み込むような声と微笑みに心奪われながら、静かにその手を握り返す。


繋がった手は初めからそうであったかのように絡まり恋人繋ぎになった。


「夢の中でも、会えるかのう?」

「もしそうなら…覚めなくても構わない」


いつもよりも素直に言葉を交わせるのが嬉しくて、つい笑みが漏れてしまう。


どうやらそれはコンも同じだったらしく、俺と全く同じタイミングで笑った。


そのことに目を丸くして驚き、込み上げてくる笑いを堪えきれずくすくす…と息を潜めて笑い合う。


「おやすみ、コン」

「おやすみじゃ、紳人」


どうかコンと、明日も一緒に居られますように。


〜〜〜〜〜


そうして2人とも眠りに就いたのまでは覚えているけど…その後何でこうなったのかは俺は勿論、きっとコンも覚えていないだろう。


「……」


無防備に眠るコンを前にして、てっきり俺は燃え盛るような衝動に襲われると思っていた。


いや、厳密にはその気持ちがないわけではない。心の中でそれは強く感じている。


しかしそれ以上に、愛おしいのだ。幸せで…夢のようだ。大好きな相手が、俺を大好きと言ってくれるコンが自分の腕の中で眠っている。


ずっとこうしていたいとさえ思える。陽だまりのような、温かな気持ちだ。


あぁ、今日が学校で無ければこのままコンが起きるまで見守っていられたのに…。


しかし純然たる男子高校生なれば、学校生活を謳歌しないのも勿体無い。ここは心を鬼にして、起こすとしよう。


「コン、起きて。朝だよ」

「ん、ぅ〜…?もう朝か。あと5分だけ、寝かせてくれんかのぉ…」

「それは俺の台詞だよ。ほら、朝ごはん食べよう?」

「ふぁぁ…やれやれ、しょうがないのう」


大きな欠伸をしてむくりと起き上がるコン。寝ぼけ眼を擦って、ふと自分が下着姿でTシャツは布団の横に放り出していることに気付く。


「…すけべめ」

「脱がしたわけではないけど…強く否定出来ない」


わざとらしく胸を隠してニヤリとするコンに、顔が熱くなるのを抑えられない俺であった。


〜〜〜〜〜


「紳人、今日はちょっと普段と違うことをするのじゃ」

「違うこと?」


俺とウカミが玄関から出ようとした時、不意にコンが後ろ手でもじもじし始める。


どうやらウカミはピンと来たようで、私は先に出てますねと廊下に出た。はて、コンは何をしたいのだろう?


「……ちゅっ」

「!?」

「ふふっ…行ってらっしゃいのチューじゃ」


唇にふにっと柔らかな感触がしたと思えば、目の前に恥じらいつつもはにかむコンの可愛らしい笑顔が。


結婚したい…そう強く思いながら、多分新婚さんをやりたかったのであろうコンに見送られて晴れやかに登校するのであった。


「……片時も離れるつもりはないぞ、紳人よ。ふふふ…」

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