春の足音、風に揺られて②

「そういえば、今日は何処に行くのじゃ?」

「確かに。俺もそれは聞いてないや」

「あ、2人にはまだ言ってなかったね…!ごめんね、今日はね…此処!」


集合場所から歩くこと15分弱。鳥伊さんが両手で大きく示したのは、俺もたまに利用する大型のデパートだった。


「デパート…でも、俺たちが利用するようなところなんてあったっけ?」

「ふっふっふ…その分だと、来週の一大イベントを忘れているね」


鳥伊さんがハイテンションに含み笑いを浮かべる。来週…何かあったかな?


今日が2月8日、うーん…。


「もう!バレンタインでしょ、神守くん!暮端くんと田村くんはすぐに気付いたよ!」

「あ、あぁ!そっか…忘れてたよ…」


頬を膨らませてプリプリと怒る鳥伊さんに言われ、漸く気が付いた。そうか…もうバレンタインデーも近いのか。


通りで、周りにも女子高生やカップルが目立つわけだ。バレンタイン前の最後の週末…楽しみにしている人からしたら、逃すわけにはいかないチャンスだよね。


「意外と…神守くんって、そ、そういうこと…気にしないタイプ?」

「俺はてっきり、マメに気にしてると思ってたんだが…」

「いや、普段は覚えてるんだよ!ただちょっと今年は色々あって、さ」


チラリとコンを見ると、色々あった筆頭のコンと事情を知ってる鳥伊さんはニコニコ顔で頷く。


暮端と田村は見合って小首を傾げていたが、2人の背後ではラスマとトコノメも思い思いに笑っていた。


思えばたった一週間なのに、数年分の出来事があったような気がする。コンからしたらもっとあっという間なのかもしれない。


俺と会ったのも、昨日のように感じられているのだろうか。そう思うとまだまだ俺たちの日常は始まったばかりなんだ。


今日がまた一つ、忘れられない思い出になってくれたら嬉しいな…。


「バレンタインということは、今日はチョコを買いに来たのかの?」

「正解だよ柑さん!今回皆も呼んだのは、折角なら皆で話しながら選んだら楽しいかなって思って。送る側は女の子だけ、なんてきまりもないんだから」


人差し指を立ててつらつらと解説する鳥伊さん。彼女もれっきとした女の子、イベントごとは楽しみたい年頃だろう。


かくいう自分もまだまだ思春期真っ盛りの男子高校生、楽しまなければ損というものである。


「それじゃあ買いに行こう。良いチョコが売り切れても残念だしね」


こうして、俺たちのバレンタインに向けたチョコ選びは幕を開けた。


〜〜〜〜〜


「神守くんはビターとスイート、どっちのチョコが好き?」

「チョコは甘い方が好きかな」

「ふむ、なるほどのう…」


「暮端は誰に送るの?」

「お姉ちゃん、と…お母さんに…」

「良いね、きっと喜んでもらえるよ」

「だと良い…な。えへへ」


「田村くん、そんなにチョコ買うんだ!田村くんも自作するの?」

「これは友達に配ったりとか…後はクラスの奴らとかかな」

「友達想いなんだね、そういうの良いな〜」


〜〜〜〜〜


「皆買えたね?良かった〜」


1時間ほど自由に散策して、其々家族に渡す用や自作する用など各々の目的に適したチョコを購入することができた。


「しかし、売り切れておるものもそれなりにあったのう…皆気合い入っておるのじゃな」

「女の子にとっても男の子にとっても、一年に一度の大イベントだからね…!」


コンの言う通り、既に俺でも聞いたことがある有名ブランドのところでは完売しているところも多かった。


個人的には、そのお陰で選択肢が狭まってかえって選びやすかったけど。コンもウカミ様もプリンが好きだから、きっと甘いチョコを気に入ってくれるはずだ。


バレンタイン当日まではこれらはしっかりと冷やしておこう。皆に渡すように個包装されているチョコは、常温でも問題なさそうである。


「さて、今日の目的は達成したが…どうする?お昼前に解散するか、それともまだ遊ぶか?」

「あ、それじゃあまずは皆でお昼ご飯食べてから自由行動でどうかな?その後は近くの公園で休んで、解散するって形で」

「僕は…良いと、思う…」


チョコを軽く掲げて皆を見渡す田村の提案に、ポンと手を打ち鳴らして目を輝かせる鳥伊さん。それに暮端がすぐに同意して、後は俺たち次第ということに。


「柑はどうかな、疲れてない?」

「何を言う。わしの分もお主が持ってくれてるじゃろうに、当然元気じゃよ」

「あはは、なら良かった。俺たちもそれで大丈夫」


コンが俺の手にある彼女が選んだチョコを指差し、微苦笑しながら俺を見上げる。コンが疲れてないなら、断る理由も無い。


なので鳥伊さんの提案に賛成すると、暮端と田村が不思議そうにしながら俺の顔を見てきた。何か付いてるかな?


「ずっと思ってたんだが…もしかしてよ」

「うん?」

「ふ、2人は…付き合ってる、の?」

「「っ!?」」


直球の質問に、俺もコンも固まってしまう。その後すぐに何か取り繕えたらよかったのだが、頭が混乱してしまってうまく言葉が纏まらない。


「い、いや、それは…何ていうか!」

「その、じゃな?わしと紳人は…」

「……いや、何も言わなくて良い。ただ…何ていうか」

「……ご馳走、様?」

「「違うんだ(じゃ)!!」」


誤解ではあるのだが、それを強く否定することは出来ない。何故ならそうあって欲しいという願望もあるし、何より今朝これをデートだとコンは言ってしまっている。


上手な言い訳も思いつかず、ため息混じりに先へ歩き出す暮端と田村に所在なさげに手を伸ばすことしかできない。


「……2人って似たもの同士だね♪」


追い打ちで鳥伊さんに俺たちだけに聞こえる声で揶揄われ、揃って棒立ちになってしまうのだった。

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