今日の神、明日のプリン④

夢を見た。


それは遠く離れているけれど、だからこそ近くに感じている記憶。


熱くて、痛くて、怖くて。狭くて、温かくて…苦しかった。


助けてと何度も叫んだ。連れ去られる中、追い縋るように何度も、何度も。


お願い、助けて…『お父さんとお母さんを助けて』!


〜〜〜〜〜


「っ…冷たっ…」

「お目覚めですか、神守さん。魘されていたようですが…」

「いえ、大丈夫です。ちょっと嫌な夢を見てしまいまして…」

「そうですか…熱はもう殆ど下がったようですし、安静にしていたらじきに良くなるでしょう」


ありがとうございます、と礼を言ってゆっくりと体を起こす。額に触れてみると冷えピタが貼られており、薬箱からウカミ様が取り出して治療してくれたようだ。


「よく分かりましたね、台所の下なのに」

「色んな人間を見てきましたから。置き場所もある程度は記憶してますとも」


えへん、と胸を張るウカミ。その姿はコンの可愛らしい様を彷彿とさせ…。


そこで気付いた。半ば希望的観測だけれど、こういう時コンならいの一番に顔を見せてくれるはず。そのコンがいないのは、一抹の寂しさを感じさせた。


「あの、ウカミ様。コンはどちらに?」

「あの子は、何やら貴方の財布を握り締め『体に良い物を紳人に食わせてやるのじゃ!』とスーパーに食材を買いに行きました。止めようとしたのですが、聞く耳を持たず…」

「あぁ…そっちだったか」

「?」

「あぁいえ、お気になさらず」


そう言えば、コンはそういう神様だった。

一生懸命過ぎて空回りしがちだけれど、それでも必死になって頑張る…優しい守護神様だ。


「……」

「ウカミ様、俺の顔に何か付いてます…?あっもしかして涎ですか!?これは失礼を…」

「ふふっ、違いますよ。ただ一つ気になってしまいまして…」

「気になる、ですか?」


もふもふの耳をふわりと揺らして頷くウカミ。この神にも気になることがあるんだな…と若干不遜なことを考えていると、その気になることをウカミは聞いてきた。


「神守さんは、コンのことをどう思ってるんですか?あ、勿論恋愛感情があるかないかです」

「逃げ道を先手で潰された!?」


一生気にしないで欲しかったなぁ!厄介なやつだよ、君は!


カーテン越しに夕陽が部屋に差し込む中、頭痛が生じた気がしてこめかみに手を当てる。数秒そのまま固まり、ウカミが興味を無くすのを期待したがそうは神様が許さない。


目を爛々と輝かせながら俺の瞳を覗き込むウカミ。追い詰められた犯人のような心境で、軽く体を後ろに引きながら神に祈る。


(勘弁してくれませんか…?)

「ダメです⭐︎待ちません!」


駄目だった。この神様、神は神でも邪神なんじゃないか?ボブこと俺は訝しんだ。


「……正直、分からないです」

「此処ではぐらかす…とは思えませんね。信じましょう、本当のようですし」


フッと表情を和らげ、俺が座る布団の傍らで正座をする。こんな時でもしっかりしているんだな…しょうがない、看病してくれたお礼もあるし。


「……コンには内緒にしてくださいね?」

「良いでしょう。神様ですもの、約束は守ります」


ウカミが唇の前に人差し指を添えしーっとする仕草をすると、何だか大人のお姉さんに内緒話してるみたいで妙な危うさを感じた。


それについドキドキしてしまいながら、胸の内を少しずつ言葉にしていく。


「最初は、何だか妹を見ているような気分でした。放って置けなくて、でも時々女の子らしさを見せて…やっぱり神様なんだなって思うこともしばしばで。


そしてコンと一緒に、色んな神様や人間と触れて心を通わせて…色んなことを知ったんです。


此処数日一緒に暮らして、いっぱいドキドキしていっぱい笑って…間違いなく幸せでした。これからもずっと、一緒にいたい。


ただ、それが家族としてなのか恋人としてなのか…そこだけは明言することが出来ません」

「なるほど…よく分かりました。


ですって、コン」

「はぇ?」


不意にウカミが後ろを振り向く。するとそこには…瞳を潤ませながらも、驚きを隠せないとばかりに目を見開くコンが立っていた。


「な、何で!?音なんてしなかったはず…!」

「私がコンの出す音だけ消しました!」

「なんてことを!?というか約束は!?」

「私はコンには内緒にすると約束しましたが、コンが知らないようにするとは言ってません」

「それが神様のやることか!」


何ということだ、俺はココへの想いをこんな赤裸々に語った上にそれを当人に聞かれていたなんて!


引かれたかな…男子高校生にこんな風に思われても、神様からしたら困惑するよね…。


「……そう、だったのじゃな」

「こ、コン!これは…その…!」


トサッと体に良いものというわりにはやけに少ない荷物のビニール袋を落とし、むぎゅっと抱きしめられた。


こんな華奢な腕で、重い責任と過去を抱えているんだな…そう思うとまた感慨深いとのがあり反射的に抱きしめ返す。


「コン、風邪がうつっちゃうよ」

「たわけ。神が風邪など引くものか」

「そっか…なら、良かった」


温かい…毛布なんかより、よっぽど安心する。とくん…とくん…胸板に当たるコンの胸から、彼女の鼓動が伝わってきて愛おしい。


「何だか、前にもこんなことあったね」

「うむ…そうじゃのぉ…」

「あの〜私もいますよ〜?」


ウカミがニコニコ笑顔で言うものだから、慌てて2人して体を離す。


「……心配要らなかったかな」

「ぬぅ?」

「何でもないですよ」


くすっと笑って何かを呟いたウカミに片耳を立てて聞き返すコンに、ウカミは微笑みを浮かべて誤魔化した。


「ところでコン、体に良いものとは何だったのですか?」

「おぉ、そうじゃったそうじゃった!」


!と尻尾を立てると、ビニール袋をゴソゴソと漁りだす。そして、バッと両手で掲げて見せたそれは…!


「「ネギと…プリン?」」

「うむ!この2つがあれば、元気になること間違いなしじゃ!プリンの上にネギをかければ、一挙両得よ。プリンは人数分あるでの、ウカミもどうじゃ?」

「いただきます!…でも、プリンの上にネギはやめておいた方が…」


まるで姉妹のように和気藹々と話す2人を見て、体を襲っていた悪寒はあっという間に消え去っていた。これもひとえに、神様のおかげ…かな?


因みに、俺もネギプリンなる未知の食べ合わせは遠慮しておいた。

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