今日の神、明日のプリン③

ギギ…と何かが軋む音がした。朝が来たらしく、徐々に目覚めつつあった意識を起こさざるを得ない。


「……?」


目覚めた時、最初に見えたのは眩く輝く月。ではなく、月に見えた白銀の髪と尻尾だった。

しかし、コンの耳と尻尾は金色で先端は黒なのだが…。


「あら、お目覚めですか?お早いのですね」

「…おはよう御座います、ウカミ様。貴女こそ」


赤色の瞳に囁かれ思い出す。昨晩、ウカミが我が家にやってきてまさかのプリンで此方の世界に留まることを決めてしまったのだった。


「えっと…それで、この状況は…?」


気が付けば俺は、ソファの上でいつの間にかシャツを着たウカミに馬乗りにされていた。先程聞こえた軋む音は、ソファにウカミが乗った音らしい。


それだけならまだコンにも似たようなことされたが、ウカミは体つきが妖艶なため胸元がパツパツで黒色の下着が隠し切れていないため大変危険だ。


「いえいえ、大したことではないですよ?ただ…コンが懐いた人間を味見したくなりまして♪無防備な寝顔を見せられたら、つい本能が…」


きゃっ♪と恥じらう乙女のような仕草をするが、やろうとしていることは獣のそれに近いのである。


まずい、貞操のピンチだ!思春期の男子にウカミのグラマラスボディは刺激的過ぎる!


「大丈夫、神様らしくしっかり導いてあげますからね…」


スッと細められた瞳は色っぽく、前のめりになりふるんっと揺れる胸の谷間は魅惑的で視線が自然と誘導される。


くぅ…恥じらいが勝って逃げ出したいのに、何故か体がピクリとも動かない…!


熱っぽい吐息と艶かしい指先、香る甘い匂い…理性を溶かすような優しい声。獲物に近づく蜘蛛のように、ゆっくりと迫るウカミに俺の思考が染められていく。


コン…俺は…。


「----随分とお楽しみのようじゃなぁ…?」

「「っ!?」」


ソファの裏側から、地の底から響くような声が聞こえた。反射的に揃って其方を向くと、太陽が昇ったと錯覚する速度で耳から少しずつコンが顔を出す。


その瞳からは光が消え鋭く尖り、能面みたいに無表情。華奢な細腕なのに組んで立ち上がる様は仁王そのものの威圧感を放っている。


尻尾はこれでもかと膨らみ、しっかりと威嚇の役割を果たし。もふもふに脅かされるとは思っていなかったので、俺は震えが止まらない。


というかコン様よ、何故ウカミではなく俺を睨むのですか。その怒りをお鎮めくだされ…。


「紳人…お主、狐であれば誰でも良いのかの…?」

「へ?いや、そんなことは…」

「なれば胸か!この胸が悪いのじゃな!?」


コンは顔を真っ赤にし、ブンブンと腕を振って俺の上から退いたウカミの胸を指差す。そのウカミが頰に手を当て、腕で胸を強調するものだからコンの怒りは収まらない。


「ぬううう!ウカミ、此奴はわしの加護を受けておるのじゃ!横取りは許さぬぞ!」

「あら、私のプリンは横取りしたじゃありませんか」

「そっそれは!…すまなかったのじゃ、余っておるのだとばかり…」

「ふふっ…良いですよ、もう怒ってませんから。でも…」


俺とソファを挟んであれこれと会話するコンとウカミ。何やら俺のことを話している気もするが、何故だろう…頭がボーッとしてうまく聞き取れない。


「あっ……」


あぁそうか…久しぶりで忘れてた。これ、風邪を引いた症状と同じなんだ…。


体がうまく言うことを聞かず、熱っぽい。くらり…とソファに倒れ込み意識が朦朧とする中、


「神守さん!」

「紳人!?のう、紳人!大丈夫かの!?」


コンとウカミが俺の顔を覗き込む。2人は神様だから心配はいらないと思うけど、もしうつったらいけない。


「2人…とも…離れて…」


自分の中では何とかそう言ったつもりだが、コンたちの耳に届いたかどうかは定かではなかった。


〜〜〜〜〜


ピピピッ、と無機質な音が響く。布団に寝かせた紳人の腋から体温計を取り出して、その体温を確認。


「37.6分…完全に風邪じゃな。少なくとも今日は学校は行かせられぬ」

「学校への電話は私がやりましょう。コンは神守さんの側に居てあげてください」

「分かった」


こくり、と頷いたウカミが寝室からリビングへと出ていく。電話してる声で紳人の邪魔にならないよう気を遣ったのじゃろう、相変わらず気が利く奴よな。


「それにしても…あやつも、わしをコンと呼ぶのか」


ふふっ、と笑みが漏らしながらすぅすぅと穏やかな寝息を立てる紳人の寝顔を見つめる。


お主が付けてくれた名前が、わしを拾ったウカミに認められた。そういうことじゃよ…ありがとうの、紳人。


あの日の償いをするためにも、今日もお主への感謝を示すためにも。今はしっかりと、看病してやるのじゃ!


「とは言ったものの、まずは何からしてやるべきか…確か人間が風邪を引いた時には…」


うむむ、と唸りながら腕を組んで頭を悩ませる。人間には何が良薬じゃったか…何か緑っぽいものと栄養が良かったはず…。


「おぉ!」


ピンと閃き思わず耳と尻尾が跳ね上がる。ふふ、わしも中々冴えておる…しっかり学んだことを活かす時じゃ!


そう、こんな時に体に良いものといえば!


「ネギとプリンじゃな!」


間違いないのじゃ!しかし、昨日こっそりと覗いた時にはどちらも無かったのじゃ…近所のスーパーに買いに行くしかないのう。


買い物なぞしたことはないが、ずっと見ていたのじゃ!わしならできる!


「待っておれ紳人、今すぐお主に良い物を食わせてやるのじゃ!」


そう小声で紳人に囁くと、心なしか笑った気がした。こうしてはおれん、早急に買って来なければ!


パジャマから普段の動きやすい和服に着替え、紳人の鞄から黒い財布を取り出す。そうしてリビングへ向かうと、ウカミが電話を切り上げるところじゃった。


「----はい、よろしくお願いします。さて…」

「ウカミ、電話は終わったかの?」

「丁度今終わりましたよ。それは…神守くんの財布?それに着替えまでして、何処に行くんですか?」

「わしが紳人の体に良い物を買ってくるのじゃ!その間、留守を頼むぞ!」

「あ、ちょっと!本当に分かってるんです〜!?」

「だぁいじょうぶじゃあ!」


心配そうなウカミの声を背に受けながら玄関へと駆け、足早に履物に足を通して扉を開けて飛び出した。


普段は助けられておるが…今度はわしが、

お主を助ける番じゃ!


「…大丈夫でしょうか…」


そんなウカミの消え入りそうな声は、当然わしの耳に届くことはなかった。

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