あれも神、これも神②

『ほら、折角話しかけてもらえたぞ!勇気出して話してみるんだ!』

「……」


居たよ、神様。それも割とアグレッシブなのが。


トコノメは学校に着くなり鳥伊さんの所へ戻った。須呑と鳥伊さんの関係は大丈夫かと思ったが、今日は野球部として他校へ朝から強化合同練習に行っているらしい。


昨日の時点で大分落ち着いていたけど、念のためにもう1日は開けられたらなあと思っていたので俺的にはありがたい。第三者の俺があれこれ考えても仕方ないんだけどね。


そういうわけで、コンとトコノメは何処かに姿を消して午前中の授業は至って平穏だった。


休み時間にはコンが暇じゃ!とやってきて周囲を飛び回るものだから、急に忙しなく辺りを見回す俺に小首を傾げる鳥居さんへの言い訳には苦労した。


小虫が飛び回っていてと言ったら、コンが怒って顔面に前から飛びついてきて何も見えなくなったのだ。ほんのり温かいような気がしたが、流石に気のせいだろう。


そんなこんなで、お昼休み。コンからの羨望の眼差しから逃げるようにそそくさと弁当を平らげ、『帰ったら絶対焼きプリンを買うのじゃぞ!』と言われながら暖房を求めて図書室へ。


そこで、3人目の神様と出会った。届かないと知って尚熱烈に応援しているのは、目元が髪で隠れて上手く見えない男子生徒。


上履きの色からして、同学年。でも見ない顔なので、別クラスか。


「暮端、その本って面白いん?」

「ぁ、ぅ…うん…」


気さくな男子…あれは同じクラスの田村だ。その田村が、暮端と呼ばれた男子に話しかけている。しどろもどろになりながらも、辛うじて頷いた。


「……」

「……」


それ以降、会話が続かない。田村は暮端にどういうところが面白いのかを聞いているのだろうが、暮端は何から話せば良いか迷っているように視線を彷徨わせている。


「あー…すまん、先生に呼ばれてたの忘れてた。また今度、時間があるときに教えてくれ」

「あっ…」


それを遠慮されていると捉えたか、ふりふりと手を振ってまたと言いながらその場を去った。彼なりの優しさだろう。


「……また、話せなかった。折角話しかけてくれたのに…僕は…」


はぁ…と深い溜め息だけは、背後の神様とピッタリ重なった。


(コン…どう思う?)

『どうって…彼奴は人と話すのが苦手なんじゃろ。守護神の方も頑張ってはいるようじゃが、結果はあまり良くないらしいのう』


隣で浮かぶコンに心の中で話しかけると、しっかりと聞き届けあっけからんと言う。そのまま逆に、フッと笑いながら此方に視線を投げかけてくる。


聞くまでもなく、どうする?ということだろう。…俺は自分で思うよりお節介らしい、見てみぬフリは出来そうにない。


さて、それじゃあ話しかけるとしよう。いきなり話しかけてはまた、暮端が吃ってしまうから神様の方に。


(もしも〜し、暮端の神様さ〜ん)

『!?お、お前自分が見えるのか!?』

(この隣のコンを認識したから、見えるらしいです)

『おぉ…何という僥倖!』


暮端の背後から離れると、シュッとスマートに此方へ飛んでくる。流石にずっと図書室の入り口に立っているのも不自然だ、隅っこにある椅子の上に座り暮端の死角であることを確認して再度話しかけた。


(俺は神守紳人って言います。此方は俺の神様のコン)

『うむ、わしはコンじゃ。よろしく頼むぞ』

『自分はラスマ、暮端明くれはしあけるの守護神だ。立場上人間であるお前に頼むのはお門違いなのだが…恥を承知で頼む、どうか明の友になってもらえないだろうか』


弥生時代の衣装、と言えば分かりやすいだろうか。簡素な色なれど質感は半透明の上でも分かるほど、上等な物であることが伺える。


力強い眼差しを向けられるが、そこに威圧は感じられない。どちらかというと、親しみやすさや真剣さを感じられて初見時の印象ではトコノメよりも接しやすいな。


(気にしないでください。それより、此方も失礼ですが2つほどお聞きしても良いですか?)

『あぁ、自分に答えられるものであれば』

(ありがとうございます…では一つ目に、話しづらいので敬語を省いてもよろしいですか?)

『それくらいならお安い御用だ。好きにして欲しい』

(こほん…ありがとう、ラスマ。2つ目に、暮端がうまく話せない原因を貴方なら知っているんじゃないか?)


急に言い淀み気まずそうな顔をするラスマ。チラリと逸らした背後には、今も落ち込んだように俯く暮端が居るはずだ。生まれつき、という線は潰えた。


なれば、考えられるのは。


『ふむ…言い辛い理由のようじゃな』


腕を組みいつの間にか俺の膝に座るコンが、普段の快活さを潜めた慎重な声をあげる。

その言葉にラスマが一度瞬きをする様は、肯定の証。


『お前が言えないのであれば、彼奴はもっと言い辛かろう。自分で言えるようになってほしい気持ちも分かるが、今の状態ではまともに話せまいて』


まるでそういうのを経験しているかのような口ぶりで諭すコンに、少し面食らってしまう。膝の上のコンの狐耳と尻尾を見つめながら、見えない表情がどうなっているのか凄く気になった。


けれど、それを確認する前に意を決したようにラスマが俺達を真っ直ぐに見て口を開いた。


『彼は…明は、中学生の頃にいじめを受けたんだ』


その言葉に、やはりと此方に振り返ったコンと小さく頷き合う。


覚悟はしていた。吃音症という訳でもなさそうな暮端が、うまく人と話せなくなるほどの後天的な原因があるとするならばそのレベルだろうから。


しかし…それでも思うところはある。此処からは詳細に聞くことになるだろうと、一度深呼吸して手のひらで続きを促した。


『あれは、ほんの些細なきっかけだった。現代の絵巻物…ライトノベルが好きだった明は、学校の休み時間に読んでいた。だが、それの表紙に描かれた少女のイラストを指差され大声で揶揄されたのだ。


えっちな本を読んでいる、と。


勿論そうではない、ただのライトノベルだと懸命に訴えた。しかしあの年頃は悪ノリを好みがちで、数名の男子と共に笑われてしまう。その数名以外は笑いはしなかったが、見てみぬふりで助けようとはしてくれなかった』


容易に想像できてしまう凄惨な光景に、思わず顔が引き攣った。抱き留められないはずのコンの肩を無意識にギュッとしてしまうと、俺の手に静かに小さな手が重ねられる。


苦々しそうな表情のまま、ラスマは事の顛末を話し始めた。


『結局、間もなくして先生が通りがかりその次の授業の前半潰してまで説教してな。揶揄った全員が泣きながら謝罪したが、その時には明の心は閉ざされてしまっていた。


守護神の自分には、誰かを傷つけてやることも止めてやることも出来ない。しかし、手をこまねいてもいられず…消えてしまいたいという願いを聞く形で、転校させることは出来たのだ。


そしてこのいづも市にやってきて、此方の中学校を卒業。大社高校に来たは良いものの、何かの拍子で自分の好きなものがまたバカにされるのではないかという恐怖に苛まれ現在に至る。


本来の明は明るく素直な人間だ。だからこそ、自分は…』


また明に、笑ってほしい。


(……)


瞼を閉じて、思案する。そしてすぐに結論を出した。


(話はよく分かった。俺が、暮端の友達になるよ)

『本当か!恩に着る…!』


神様なのにしっかりと頭を下げるラスマ。


『待て、紳人よ』


そのラスマと俺を制するように、またも凛とした声音でコンが呟く。そして冷たさすら感じられるほどの強い視線で俺を射抜きながら、コンは神様として重く言葉を投げかけた。

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