あんな神、こんな人④

最初から、おかしかった。


トコノメは言った、彼女の幸せを願うはずの余計なことはするなと。


トコノメは叶えた、鳥伊さんの神様としてたった一度だけ彼女の願いを。


そしてトコノメは…最初から、浮かばれない顔雰囲気だった。


「ハッ、ハッ、ハッ…!」


お昼休みの後は数分移動時間があって、掃除の時間になる。その移動時間で鳥伊さんか須呑に会えれば…!


息を切らしながらもすれ違う人に怪訝そうな顔をされながらも、俺は走った。


「間に合ってくれ…!」


この大社高校は校舎裏が死角になっており、

窓から探すのが難しい。その間に手遅れになってしまっては元も子もないので、上履きのまま玄関を抜けて校舎裏へ。


「鳥伊さ----」




「……すまん、気持ちは嬉しいが俺は鳥伊とは付き合えない。他校に、彼女が居るんだ」


瞬間。世界から音が消えた。


正確には消えたわけではなかったけど、自分自身の耳を疑った俺は暫し聞くことを無意識に拒んでいたのだ。


だって…見たくなかった、聞かせたくなかったから。あんなに幸せそうな笑顔で須呑を眺めていた、鳥伊さんへの申し訳なさそうな須呑の顔を、言葉を。


「…ごめんなさい、須呑くんを困らせたかったわけじゃないの。気にしないで!彼女さんと、お幸せにね」


後ろ姿からは彼女の表情を伺うことは出来ない。悲しみを拭うにはあまりに儚い微風に

その黒髪と声を震わせながら、鳥伊さんは優しく言った。


「あぁ…ありがとう、鳥伊。これからも、良い友達としてよろしくな」

「うん、こちらこそ!」


気まずそうに笑う須呑に鳥伊さんは、普段と変わらない調子でこくりと頷く。


2人とも木々のさざめきに耳を傾けるように俯いていたが、先に須呑がじゃあと片手を上げて鳥伊さんと挨拶を交わして彼女の横を通り過ぎた。


そのまま、俺の方へと駆け寄ってくる。


「……すまねぇ、こんなこと俺が言うのも神守に頼むのもお門違いなんだろうが。その…鳥伊のこと、元気付けてやってくれ」

「俺に出来るかは分からないけど。敢えて言うよ、任せて」

「サンキュー…」


ポンと肩に手を乗せ小さく囁く須呑に、はっきり頷いてみせる。少し安堵したような表情になると、中庭の方へと走り去っていった。


それを見送り、改めて鳥伊さんの方へ向き直る。その背中は何と小さいのか、何と切ないのか。


神様に願って、機会を与えられて。勇気を振り絞って告白して…振られて。それでも尚、泣き言を言わずに相手の幸せを願う。


そんな健気な彼女はぎゅっとスカートを両手で握り、肩を震わせる姿にかけるべき言葉が見当たらない。寧ろ、ここで声をかけることこそ余計なことなのではないのか。


『……』


立ち尽くす俺の隣に、音もなくトコノメが姿を現した。その表情は、朝見た時よりも険しい。


色々と言いたいことはあるけれど、一つだけ確かめたいことがある。


(貴女は、須呑に彼女が居ることを知っていたのか)

『我は曲がりなりにも神様だ。それくらい、容易く知ることができる』

(そっか…)


もし此方を一瞥もせずに言い放ったのなら、情けなくもこの神様に当たり散らすこともできた。


けれど、はっきりと俺の方を見ながら憮然と告げる姿を見せられれば溜飲を下げざるを得ない。


……トコノメは、優しくそして厳格なのだ。


鳥伊さんを見守る中で、須呑のことが好きなのだと知った。同時に、その須呑には既に彼女が居ることも。だからこそ何もせずに静観していた。


そんなある日、鳥伊さんは神様に願ったのだ。その内容は分からないけれど、結果としてトコノメはそれを聞き入れ俺と須呑の掃除場所を入れ替えさせた。


神として、頼られたら叶えなければならない。それが自分の、神としての役目だと。

その結果、願った彼女自身が傷つくことになったとしても。


きっと、トコノメ自身も悩み苦しんだんだ。だからこそずっと浮かない表情で、俺に余計なことはするなと告げた。俺に出来ることは、ただ見守ることのみだと知っていたから。


コン…本当に、人間と神様は似ているよ。

芽生えた淡い恋心一つ、些細な願い事一つ満足に叶えられない。


『紳人!』

「コン…」


俺を見つけてくれたらしい、ふよふよとコンが横に舞い降りてきた。沈んだ気分の今は、コンの存在はとても有り難い。


『トコノメ…紳人、何があった…かは聞かずとも良さそうじゃな』


並び立つ俺達と、少し離れて項垂れる鳥伊さんを見渡して聡くコンは全てを悟ったようだ。


一度噛み締めるようにゆっくり瞼を閉じ、開けると全てを包み込むような柔和な微笑みを浮かべて俺に告げた。


『行くが良い、紳人。わしらの声も想いも彼奴には届かぬが、お前の言葉や優しさは伝わるじゃろう』


その微笑みと言葉に、根が張ったように重かった足が軽くなる。コンに感謝を示すように無言で頷き、意を決して鳥伊さんの横へ歩み寄っていく。


「……神守、くん。私…振られちゃい、ました」

「……」


鳥居さんは、えへへ…と目尻に涙を溜めて、くしゃくしゃの泣き笑いを見せる。その胸中は、自分でもどうすることもできないほど感情の濁流が暴れているに違いない。


そんな時に何かを言うのもするのも、小石を投げる程度の影響しかないだろう。今は、落ち着くための時間が必要だ。溜め込まないで、ありのままを表に出すべきだ。


「ぇ…?」


だから、鳥伊さんに背を向けながらその場に座り込む。そのまま背中を見せつけるように、グッと猫背になった。


それだけで彼女は理解し、嗚咽が数回背後で聞こえたかと思えばガバッと軽い衝撃の後にぎゅぅぅ…と制服が引っ張られ。


「ぁ…ッぅ、うあああああっっ…!!」


鳥伊さんは、大きな声で泣き始めた。ポタポタと大粒の涙を俺の背中に滴らせながら、さめざめと。


見えていても、見えていないものがある。

見えていなくても、届くものもある。


須呑と鳥伊さん、俺とトコノメ、コンとトコノメ。人間と神様は、近いのに遠い存在だ。遠い存在だけど、語りかける言葉はすぐ側に。馳せる思いは、キリがなく。


俺の日常はいつの間にか、こんなにももどかしくなっていた。


〜〜〜〜〜


「…ありがとう、神守くん。おかげですっきりしたよ、制服汚しちゃってごめんね?」

「気にしないで。すぐに乾くよ」


5分くらいだろうか、声が若干掠れるくらい鳥居さんは泣きじゃくった。その後、掃除開始のチャイムが鳴るくらいに落ち着き2人で校舎の壁にもたれかかり微苦笑を交わす。


今日が比較的暖かい日でよかった、ブレザーを脱いでワイシャツになっても然程寒くない。


「そういえば、鳥伊さん眼鏡は?」

「眼鏡はね、ポケットにある眼鏡ケースに入れてたの。告白する時くらい、ちょっとぼやけても直接見たかったから」


ぽんぽんと自身のスカートの横を叩くと、そこから軽やかな音が響く。だから眼鏡をかけていなかったのか、納得だ。


「さ、掃除しよっか!サボったら怒られちゃうもん」

「誰に?先生?」

「ううん、神様。折角チャンスを上げたのに、振られたからってへこたれるなって」

「随分と厳しい神様だなあ…でも、確かに言いそうだ」


顔を上げてハハっと笑う。すると、ぶおんと目の前を何かが通り過ぎた気がして思わず首を縮こませる。


それを見ていた鳥伊さんが、不思議そうに俺に呟いた。


「何だか、今日の神守くんって…」

「ん?」

「私の見えないもの、見てるみたい」

「----」


ふふっと目を細めて笑う姿に、目を丸くして固まってしまう。まさか、分かるのか…?


「なぁんてね。さ、ぱぱっと終わらせよっ!」


ペロリと舌を見せて茶化すと、近場の箒立てから竹箒を取り出しジャッジャッと落ち葉を纏め始めた。


何故かほぅ…と一安心しながら、ゆっくりと立ち上がる。俺も行かなきゃ、と歩き出す前にチラリと視線を動かす。


『誰が厳しいか!全く、罰当たりなやつだな!』

『落ち着くのじゃトコノメ!罰当たりな点には同意するが!』


目くじらを立ててジタバタと暴れるトコノメと、その腰に必死に抱きついて引き留めるコンが居る。


神様は、決して万能ではない。けれど、思っているより遠い存在じゃないんだ。だから、頼りすぎてはいけない。忘れてもいけない。


程よい距離感。俺も、コンとの生活の中で築けていけるだろうか。


或いは…もう、あるのかもしれない。人間コンにも、見えないけれど。


ま、今はとりあえず…掃除しよっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る