あんな神、こんな人③

「何で…見えるんだ…?」

『うむ?何だ、小僧知らんのか。己の神様を知覚したお主は、集中すれば我らを見ることが出来るのさ』


鳥伊さんの神様に思わず返事すると、何を今更とばかりに返されてしまう。


コン…教えといてよ…。


はぁ、と思わず溜息を吐きつつ片手で頭を抱えながら今頃食堂でウキウキ顔であろうコンを思い浮かべた。


「何が見えるの?」

「遠い空を眺めるような目で、未来でも見えたか」

「へ!?いや、そういうわけじゃないよ…気にしないで」


そうだった、他の人には本来見えないんだ。見えないなら聞こえないわけで傍から見たら、俺は急に唖然とした変なやつにしか見えない。


誤魔化すために戯けて見せると、不思議そうに須呑と鳥伊さんは顔を見合わせる。直後、俺の冗談だと思ってくれたらしく思い思いに笑ってくれた。


はははと乾いた笑いが漏れる中、ふと上を見るとくくく…と思い切りニヤけた顔で腹を抱える神の姿が。


それで良いのか神よ、いや寧ろらしいのか?


『危なかったなあ、小僧。不思議ちゃんのレッテルを貼られかけたな、この場合は厨二病と呼べば良いか?』


此方が反応できないのを良いことに、好き放題言ってくる。悔しい、悔しい!だがそれで良いとは言えない…!


『毅然と睨みおってからに…そんなに我と話したいか。良かろう、久方ぶりに話せる人間だ…頭の中で手を合わせるイメージで我に話しかけよ』


お賽銭を投げ後に2礼2拍手するような感じだろうか。一度時計を確認して、先生が来るまであと5分ある。


体の向きと視線は皆に向けつつ、心の中で俺を見下ろす神様へ手を合わせる。そして、ゆっくりと語りかけた。


(……ファ○チキください)

『24時間も対応しておらんが』


流石に驚くもののピク、と肩が揺れる程度に抑えられた。さっきも反応してしまった、その経験を活かせたからだと思う。


それは兎も角。どうやらこうして祈るような話しかけると、神様には届くようだ。後でコンにも試してみるか。


(そう言えば、名前伺っても良い…ですか?俺は神守紳人って言います)

『ほう、礼節を弁えておるのは感心だ。我は…そうさな、トコノメと呼ぶが良い。楽にせよ』


名前を訊ねる時はまず自分から。先に名乗ってから慎重に聞いたのが、トコノメには好感触だったらしい。ご満悦の様子で頷かれ、砕けて話すことを許された。


思いの外、神様は気さくな存在なのかもしれない。


「あっ!足音だ、須呑くんも神守くんもちゃんと座ったほうがいいよ」

「うぃっす」

「了解」


落下防止用に付いている、窓際の手すりにもたれかかっていたのをきちんと椅子を引いて正面に座り直す。他の皆も同様で、そこかしこでズズズッと椅子を引き摺る音が鳴り響く。


『……』


授業が始まると、トコノメは静かになった。


最初の内は様子を確認する暇もなく、黒板の清書やらプリント問題を解いていたが半分ほどに差し掛かると先生が教科書を片手に本文を読み上げ出す。


そのタイミングでこっそり後ろを振り返る。


須呑は教科書を立ててノートを枕がわりに机に突っ伏して寝ており、鳥伊さんは微笑みながらその寝顔を見守っていた。その横顔の柔らかさは、まるで。


『気付いたか』

(…うん、流石にね)


2人を後ろから見守っていた、トコノメが俺に話しかける。間を通って隣に来た半透明のトコノメは、横目で此方を見るとこう言葉をかけてきた。


『余計な気は回すなよ。恋路とは、当人たちで進退するものだ』


やっぱりかと瞼を閉じる。


鳥伊さんは、須呑のことが好きなのだ。今朝彼女に笑顔が増えたように見えたのは、気のせいではなかったらしい。


(余計なって…応援もダメなのか?)


叶うならば、友人たちには幸せになってほしい。その応援くらい、しても良いんじゃないか?


『手助けなら、既に我がしている』

(手助け?)

『掃除の場所、変わっただろう?』


フッと鼻を鳴らして笑うトコノメの言葉に、ハッと思い出す。急に掃除場所が変わったのは、トコノメによるものだったのだ。


(どうしてそんなことを?それは、貴女の考えに反することでは)

『……昨日、此奴が願ったのだ。たった一つだけ願いを叶えてくれ、と』


聞かれたから仕方なくとばかりに、溜息混じりに話す様に違和感を抱く。自身に願われそれを叶えたのならば、もう少し喜んでも良さそうなのに。


神様ともなると、感情の起伏に乏しいのかな。コンは感情と欲望をむき出しに動き回っているから、何となく考えづらいや。


(…だから、俺は何もせずただ見守っていろと)

『そういうことだ。何も知らない、ただの良き友人として過ごしていれば良い。本来、神は如何に自分の庇護下であっても干渉するべきではないのだ。そして、神の存在を人間が知覚する必要もな』


意中の相手と結ばれたい。そんな切なる願いから随分と話が重くなったが、トコノメが明るい顔ではない理由はよく分かった。


でも。何だかんだ言ってもトコノメは鳥伊さんの願いを聞き入れ、そして見守っている。


優しいんだ、この神は。


(上手くいくといいな…)

『……そうだな』


須呑と鳥伊さんの幸せを願って漏らした呟きに返ってきた相槌は、どうにも歯切れが悪かった。


〜〜〜〜〜


『うぅぅぅ…』


お昼。校舎の屋上…は危険だから立ち入り禁止なので、その扉の前の踊り場で弁当を風呂敷の上で蓋を開ける。


その際中、コンがず〜ん…と項垂れて宙に浮かんでいるのを横目で見ていた。やがて根負けして、恐る恐る訊ねてみる。


「コン、どうかした?メニューに嫌いなものでもあった?」

『違うのじゃ…それ以前の問題だったのじゃ。


----わし、意識だけだからご飯食べられないのじゃあ!うわぁぁぁん!』

「あっ、そういえばそうか」


自然に食堂に飛んで行ったからすっかり忘れていた。コンの肉体は俺の家にあり、今のコンは意識だけで俺に憑いてるから触れられないんだった。


「その状態だと、お腹は減るの?」

『減らぬが、食えないのと食わないのは違うのじゃあ…』

「それは分かる」


楽しみにしていただけに、その無念さはひとしおだろう。帰りのプリン、もう一個おまけしてあげようかな…。


因みに、俺が1人(と1神)でお昼を食べているのは決していじめられてる訳でもハブラレン…ハブられている訳でもなく。


純粋にお昼ご飯の時はここでゆっくり食べて、食べ終えたら教室に戻って皆と談笑するというのが俺のお決まりなのだ。


「おっ、この卵焼き甘く出来たな。醤油差し入れてて正解だった」

『くゅぅぅぅぅ!』

「あぁごめんごめん!悪気はなかったんだ、泣かないでコン!」


大粒の涙を流してすすり泣くコンに慌てて謝る。俺に憑いてるから、帰ってしまったら

此方へ戻れない。お昼はこっそり家に帰るのも視野に入れておかなければ。


「そうだ!コン、君以外の守護神を見たよ」

『んむ!?お主見え…るようになったんじゃった。わしを知った訳じゃし』


やっぱり忘れてたなこの神様。狐の耳と尻尾を揺らめかせて、可愛いやつめ。ユルセル!


『しかし、人の数だけおるようなものじゃからな…名を聞いても分からぬかもしれぬ』

「確か、トコノメって言ってたよ」

『あーやーつーかあ、人を揶揄うくせに自分はピシッとしとるやつじゃったろ』


正しくその通りである。神様なれど積極的には人に関わらず、願いを叶えるのも本当に限られた時だけ。その人の成り行きをただ、見守るのみ。


「……須呑と鳥伊さん、幸せになるといいな」


弁当を食べ終え片付けて、時計をスマホで確認。いつの間にか、もうお昼休みが終わり掃除の時間が迫っていた。


「っと、いけない。そろそろ向かわなきゃ」

『----うーむ』

「ん?どうしたの、メグァテン?」

『いや、そうではない。其奴らの名前…何処かで聞いたのじゃが…』


空中で正座し額に指を当て唸るコン。学校を飛び回っていた時にでも聞いたのだろうか、とコンが思い出そうとするのを眺める。


『おぉ、そうじゃ!ちょうどお主のところへ戻ってくる前にな、廊下で……』


----コンの聞いた話を耳にした瞬間。肝が冷えるような悪寒に襲われ、コンが何か叫ぶのも構えず階段を2段飛ばしに駆け降り先を急いだ。


中庭ではなく、校舎裏へと。

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