第2話

あんな神、こんな人①

「もし、神様が本当に居るなら。私のお願いを、どうかたった一つだけ…叶えてください」


いづも市の端に位置する、大社(おおやしろ)高校の裏山。其処の中腹にポツンと存在する、小さな小さな社。


その社の前で、1人の女子生徒がぎゅっと両目を瞑り固く手を合わせて神頼みをしていた。


肩から下げた学生鞄のポケットからは、ピンク色の可愛らしい御守りが覗いている。


「あの人と…」


辺りの木々の葉がそよ風に揺れ、まるでその願いごとを誰にも見つからないよう隠すかのようにさざめく。


少女の脳裏に浮かぶのは、隣の席の男子生徒。他の人にどう見えてるかはわからないが、少女の目と心にはキラキラと輝いて見えている。


やがて少女は、パッと目を開けて淡い恋心を胸に居るかも定かではない神に向けて囁いた。


「------!」


突風とそれに煽られた木々が、少女の言葉を包み込んだ。その切なる祈りが届いたかどうかは…、


神のみぞ、知るところだろう。


〜〜〜〜〜


「んん…何だこれ…」


ピピピッ、とスマホのアラームが耳元で鳴り響き喧しくて目が覚める。叩き起こされたような気分で寝覚めが悪く、中々瞼が開けられない。


しかし、毛布にしては不思議な熱感に正体を確かめるため重い瞼をこじ開けた。そこには…、


「むふふ…バケツプリン一年分じゃぁ…」


胃もたれしそうな寝言を言いながら、涎を垂らして俺の上にうつ伏せのコンが居た。毛布は乱雑に剥がされ、寝相が悪いのかパジャマや純白のアレも周囲に散乱している。


つまり今のコンは一糸纏わぬ姿であり、この胸板に伝わる二つの点の感触はそういうわけで。


「こ、コン!起きてくれ、そしてすぐに俺の上から退くんだ…!」

「…ん〜何じゃ紳人ぉ、折角わしが気持ち良く寝ておったのに」


むくり…と体を起こし、馬乗りにされて尚重さを然程感じない。そのことに少し驚くものの、起き上がったコンを見て心臓が飛び出そうなほど驚かされてしまう。


彼女は下着を上も下も、脱ぎ去っていたのだ。


背中まで伸びる橙色の髪が、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ輝き。寝ぼけ眼を擦る度に、胸先を危ういところで隠す髪が揺れてハラハラが止まらない。


控えめとはいえ、山なりに主張する胸。きゅっと細まった、くびれやお腹。太ももは程良く肉付いており、お尻も柔らかくてしっかりとコンが女の子の体であることを思い知らされる。


コンが欠伸ついでに体を伸ばすのに合わせて、狐の耳と尻尾もピーンと真っ直ぐ伸ばす。しかし、体を伸ばすということは当然背筋を反り腕を持ち上がるわけで。


「あ…」


辛うじて胸先を隠していた髪が、はらりと横に流れ落ちて完全にコンが丸裸になる。俺も男である以上、どうしてもその魅力には抗えずコンが伸びをし終えるまでまじまじと見つめてしまった。


「ん?何じゃ、お尻に固いものが…」

「か、顔を洗ってくる!」

「ぬぁっ!?」


流石に限界を迎え、居ても立っても居られずコンを手早く俺の上から布団へと下ろし逃げるように洗面所へと駆け込んだ。


「……何を慌てておるのじゃ、あやつ。お主が着せたものじゃろ、うに…」


俺が洗面所に駆け込んで蛇口から水を頭に被った直後、なぁぁぁぁ…!とコンの悲鳴が家中に響いた。


早急に布団を買い足さなければ…これが続けば、理性が持たない。健全な男子高校生に、朝からこれは刺激が強すぎる…!


〜〜〜〜〜


「こ、ほん。すまなかったのう…慣れぬパジャマで、無意識に脱いでしもうたのじゃな」

「いや、良いんだ…今度布団と一緒にサイズの合ったパジャマを買ってくるよ」


朝ごはんに昨日のご飯の残りとインスタントの味噌汁を用意し、気まずい空気の中食べ進めていく。顔を赤くして目を合わせないコンに、俺も顔が熱くなり直視することができない。


鮮明に記憶に刻み込んでしまったコンの、神々しい裸体。もふもふの耳と尻尾が雪のような肌を、より扇情的に魅せていた。


暫くは忘れられそうにない…コンは神様、コンは神様…!ただの女の子じゃない、邪な気持ちを抱くと不敬!


何度も自分に言い聞かせながら、黙々と2人して朝ごはんを食べ終える。皿を流しに片付けひとまず水に浸らせてから、少し時間に余裕があるのでテーブルの前に再度座った。


「……コンは今日、どうするの?一日中此処で過ごすってのも暇じゃない?」


ギクシャクした空気を変えるため何となくを装って切り出すと、コンはピコンと耳を立て微笑みながら話し始める。


「ふふん、それなのじゃがな?実はのぉ…ほれ!」


得意げにパン!と柏手を打つも、特に何も起こらない。5秒、6秒、7秒…無言で待ってみても変化は無いので、痺れを切らして話しかけた。


「コン、一体何を…」

『後ろの正面、だぁれじゃ♪』

「ダニィ!?」


突如真後ろから聞こえた声にバッと振り向けば、少し透明になったコンがニヒヒっと笑っている。正面を向き直しても、コンは神妙な面持ちで手を合わせたままだ。


「これは…幽体離脱?」

『まぁざっくり言うならそうじゃな。今はわしの意識だけを飛ばしておる、他の神は肉体ごとこうなれるが…』

「……つまり、ポンコt」

『うるさいのじゃ』


拳がにべもなく飛んでくるものの、スカッと俺の顔をすり抜けた。どうやら、本当に意識だけのようだ。それにしたっていきなり殴るのは如何なものかと思うが、それは胸の内に留めておこう。


『これならば、お主と学校に行っても問題あるまい。今のわしはお主にしか見えないようになっておるからな、特別じゃぞ?』

「……」


確か、神様は本来神隔世という別の世界から見守っているから姿は見えないという話だった。

それが見えているということは、本当に特別に見せてもらっているのかもしれない。見えない方が困るし、深くは考えないことにしよう。


「ありがとう、コン。授業中とかは、あまり答えてあげられないけど許して欲しいな」

『良い良い、その間はわしも自由に散歩させてもらうでな』


自由なコンに思わず笑ってしまい、色々話しつつ気が付けばそろそろ家を出ないと遅刻してしまいそうだ。少し手早く身支度を整え、半透明のコンを連れて玄関へ。


「っと、そうだ」

『む?忘れ物かの?』


玄関の扉に手をかけたとき、ふと思い出す。コンが意識だけになった時にやってみたいことがあったのである。


「……半分力を貸してよ、コン!」

『わしは悪魔ではなく神様じゃが…相乗りというのは、悪くないのう』


2人してケラケラと笑いながら、ガチャリと扉を開けて外へ飛び出した。

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